神保町の岩波ホールでジム・ローチ監督作品「太陽とオレンジ」を観て来ました。
ローチという名前を聞いたらおやっ?と思われる方もいらっしゃると思います。
そう、ジム・ローチ監督は、あの社会派映画監督 ケン・ローチ監督の息子さんなのだそうです。
かえるの子はかえる。二代目もまた人間の尊厳を深く掘り下げて描いていく腕のいい社会派監督のようです。
「太陽とオレンジ」は、マーガレット・ハンフリーズのノンフィクション小説『からのゆりかご 大英帝国の迷い子たち』をもとに英国の歴史の暗部、「強制児童移民」の実態を描いた作品です。
映画を見ながら、信じられない思い、そして強い怒りと悲しみで、
あふれる涙を抑えることができませんでした。
イギリス政府は19世紀からなんと1970年代に至るまでの間、
13万人にものぼる、施設に預けられた3歳から15歳までの子供達を「児童移民」として
オーストラリアに送り続けていたのです。
「移民」と言うのは名ばかりで、幼い子供達を里子として迎え入れるわけではなく、
太陽を浴びオレンジも食べ放題だと嘘をついて連れてこられた子供達は、
劣悪な生活環境のなかで、強制労働に従事させられていたのです。
過酷な強制労働はもとより、しつけや教育という名目のもとに、
いじめや暴力、挙句に残酷極まるような性的虐待も横行していたといいます。
人権蹂躙とはまさにこのことです。
児童移民は英国と豪州双方の政府ぐるみで行われ、
しかもカトリック教会や、慈善団体が深く関わってたというから信じられません。
この事実は、かつて児童移民だった一人の女性からの
「自分はだれなのか知りたい」という訴えをきっかけに、ソーシャルワーカーとして働く
マーガレット・ハンフリーズ女史の熱意と行動力により、次第に白日のもとに晒されていきます。
たった一人の女性の力で真相究明を行い、最終的に、この児童移民については、オーストラリア政府が2009年、次いで英国政府も2010年にその事実を認め、公式に謝罪するに至りました。
主演は「奇跡の海」、最近では「戦火の馬」のエミリー・ワトソン。
控えめな演技で芯の通った凛とした主人公を演じています。
時は1986年の英国ノッティンガム―。
ソーシャルワーカーのエミリーが泣き叫ぶ母親から赤ん坊を保護する場面から始まります。
警察や裁判所と連携し、育児や養育能力(例えば児童虐待等)がない親から一時的に子供を引き離す仕事がエミリーの仕事です。
そんなある日、エミリーの元にオーストラリアから来たという一人の女性が助力を請いに訪れます。
「自分は誰なのか調べて欲しい」と。
彼女はわずか四歳の時に他の子供達と共に船でオーストラリアに送られたのだと言います。
子供が一人で移民すれば必ず記録が残る筈ですが記録がなかなか見つからない。
エミリーは政府の記録保管所まで足を伸ばします。
これを機に、児童移民の事実を知ったエミリーはオーストラリアに渡り
本格的に調査をはじめることになります。
オーストラリアではエミリーの元に我も我もと調査依頼が押し寄せてきます。
人権を踏みにじられた人々は、忘れてしまいたいほどおぞましい過去と
私達の想像を超えるような激しい怒りを胸に秘めていると思います。
しかし彼らは、自分は一体誰なのか?アイデンティティを、ただそれだけを求め、エミリーを訪ねてきます。
エミリーはそんな心に傷を負った一人一人の心に寄り添い、丁寧に聞き取り調査を行っていきます。
オーストラリアでの妨害行為に遭い脅迫に脅えながらも、真実を求めて孤軍奮闘するエミリーは、あまりにも悲惨な人々の過去の境遇を聞き、精神的に追い詰められ、とうとう心的外傷後ストレス症を発祥してしまいます。
しかし、家族の支えもあり、立ち直っていくエミリー。
クライマックスには、児童移民だったレンと共に、遂に虐待の行われていた修道院へ向かいます。
建物の中には、かつて棄てられた少年達に虐待を重ねたと見られる神父がいるだけです。
聖職者でありながら人間以下の行為を働いたあまりに残酷な彼らへの怒りは鋭いけれど、
エミリーは面と向かって非難をしません。
軽蔑のまなざしと静かなる無言の圧力でそれらは表現されていました。
それは声高に批判し怒りを爆発させるよりも、決して許されない罪の重さを物語っていました。
政府が謝罪を行ったからといって
孤児達の失った日々は戻らず、全てが正される日も永遠に来ることはないでしょう。
レンはエミリーに言います。
「8歳を最後に俺は泣き方を忘れた。あんたは違う。俺達の涙を感じ取ってくれる。俺達のために闘っている俺達の味方だ。自分達の為に闘ってくれる人が欲しかった。あんたがいてくれる。俺がもらった最高の贈り物だ」と。
エンディングロールには、その後も調査が継続されていることが字幕で紹介されます。
映画を見ることで、自分の知らない土地のこと、自分の知らない歴史のこと、歴史や宗教、経済…
本当に様々なことを学べます。
この映画を見なければ、もしかしたら、私はこの児童移民の事実を知らないで
一生終わっていたかもしれません。
激しいアクションや残忍なシーンがあるわけではありませんが、
私にとって「太陽とオレンジ」は実にショッキングな映画でした。
見終わった後、静かだけれど深い悲しみと憤りでしばらく立ち上がることができませんでした。
映画と言う手段を使い、ジム・ローチは多くの人たちに知ってほしいことを語りかけてくれます。
4月22日オーディトリウム渋谷で藤原道夫監督・撮影のドキュメンタリー「自尊(エレガンス)を弦の響きにのせて」を観て来ました。このドキュメンタリーの主役、1915年生まれの青木十良先生は今なお現役で活躍するチェロ奏者であり、教育者です。
96歳を超えた現在も、青木先生の音楽への情熱は衰えることを知りません。
「シャンパンの泡の弾ける瞬間の美しい音」、理想の音色を求め続ける飽くなき探究心と音楽に対する真摯な姿勢に、スクリーンを前に心震わせました。
その演奏は気品・知性・高潔さが溢れ出る素晴らしいものでした。
青木先生は、まさしくご自身の言われる「自尊(エレガンス)」そのものでした。
青木先生の存在は、今までクラッシック界でも一部の愛好家以外にはほとんど知られることはありませんでした。
先生が脚光を浴びるようになったのは、80歳の時に念願だったヨハン・セバスチャン・バッハの難曲「と言われる「無伴奏チェロ組曲」の録音に挑戦し、85歳で「第6番」の録音を終え、CDデビューした2002年以降のことです。
91歳で「第5番」、そして「第4番」を94歳の時に行ないました。
このドキュメンタリーは「第4番」の録音を完了するまでの90歳を超えてからの6年間を追っています。
4月21日から27日までのわずか7日間、しかも朝11時からの1回のみの上映ということもあったのでしょうが、場内は満席。補助席まで一杯になるほどでした。
1時間半の上映が終わり、私が感じたことは、皆「本物」を求めているということでした。
お金ばかりかけた張りぼてや、格好ばかりの薄っぺらな偽者はもういらないということです。
青木先生の長年求め続けてきたものはあくまで「基本」。
誇張や虚飾とは無縁、ひたすら音楽に誠実に向き合ってきた青木先生は、
桐朋学園のソルフェージスクールで長年後進の指導に当り多くの優れたチェリストを育てられました。
ドキュメンタリーの中ではソルフェージスクールでの指導の様子も映し出されていましたが、穏やかな物言いと、短いけれど的を得た的確なアドバイスにより、生徒達の演奏が短時間のうちに明らかに上達し、生き生きと輝きを放ってくるのがわかります。
年齢の離れた生徒達に年配者はつい、否定や批判的になりがちです。
しかし先生の第一声はまず「うん、いいですね」と言う全肯定。
アドバイスをする前にまず認めて受け入れる・・・柔和な表情と優しい言葉。
一人の音楽家、指導者である前に、人間としての品格を感じずにはいられませんでした。
中でも16歳のチェロ奏者堀江牧生君が青木先生の自宅を訪ね個人レッスンを受けるシーンは、見ていて胸が熱くなりました。
75歳差の年齢を超え、同じチェロという楽器を奏でる者同士しかわからない目に見えない静かな対話がそこにはありました。
またドキュメンタリーではねむの木学園園長の宮城まり子さんとの60年ぶりの再会。
ヴァイオリニストの森悠子さんとの40年ぶりの再会。
その森さんの率いる「長岡京室内アンサンブル」との初競演の映像も花を添えています。
9歳で両親を亡くし、悲しみの中での音楽との出会い。人生に絶望し死をも考えた中学時代。
弦楽器の音色の魅力にとりつかれ90歳を超えた今、最終的に求めているものが「自尊(エレガンス)」なのだと発見したと先生は言います。
「エレガンス」と言う言葉の根底にあるのは「自尊」です。
クラッシック音楽や芸術は気品や品格が全てだ」とも。
「自分を信じ、他の人を尊ぶ。 それが全身にみなぎって表現できた時には100%良い音楽をやったと思う」
青木先生の言葉の数々には、深みがあります。人生を年輪にたとえるとするならば、青木先生の年輪は美しい五線譜のような年輪なのだろうなと思います。
青木先生は「まだ自分の持っている能力の3%くらいの力しか出せていない」とおっしゃっています。
90歳で死んだ葛飾北斎も臨終の際に「あと10年、いやあと5年あれば本物の画工になれたのに」と言ったと言います。
聖路加国際病院の100歳を超える医師 日野原重明先生も「まだまだこれからが勉強だ」とおっしゃっています。
年齢など関係なく、いくつになっても学ぼうとする気持ち、
チャレンジする精神、高みを目指す志、
理想を追い求める心を常に私たちは忘れてはいけないのだと
諸先輩たちは、その生きる姿勢で教えてくださいます。
ドキュメンタリーの中、青木先生は「人間は皆心に傷を持って生きている。音楽や芸術がその傷を癒すことができるのだ」とおっしゃっていました。私もそう思います。
3.11以降、自然災害における悲惨な状況を前に多くの芸術家やアーチストが「自分はこんなことをやっていていいのか?」と悩んだと聞きました。
音楽や芸術は、たとえそれがなくても生きていけるかも知れません。
しかし音楽や芸術は私たちに大きな力や勇気をくれます。
やさしく傷を癒してくれる、なくてはならないものだと思います。
青木先生のチェロの響きは柔らかく優しいボウイングで疲れた私の心を包んでくれました。
2012年春、木曜日の朝にヨネスケが暴れている。
ヨネスケといえばかつて一世を風靡した日本テレビ「ルックルックこんにちは」の
「突撃!となりの晩ごはん」のリポーターである。
となりの晩ごはんを知らないと言われる諸兄もいらっしゃると思うので、
軽く説明すると、巨大しゃもじを持ったヨネスケが
アポなしで全国各地の住宅街に突如現れ、
半ば強引に一般家庭の夕ご飯の様子をレポートすると言った内容で
1985年から2001年までの16年と、その後も日本テレビ系列の情報番組などで
「突撃!リアル」「帰ってきた」「突撃!スターの」などと微妙に
名前を変えながら2011年まで続いた日テレを代表する看板コーナーである。
その「突撃!となりの晩ごはん」が
なんとこの春からテレビ朝日の朝のニュース番組「やじうまテレビ」の
木曜日のコーナーに蘇ったのだ。
むろん、朝の番組だから「晩ごはん」じゃなく「朝ごはん」になるわけだが。
朝は反則だろう。
しかも人のふんどしで相撲を取るというより、
よその局の土俵に土足で上がり込み、悪びれもせずそのまま土俵ごと
持ち逃げした感じである。
日テレも日テレだ。伝家の宝刀といってもいいような看板コーナーを
そっくりそのままテレ朝に譲ってしまったかのようだ。
懐の深いところを見せたいのか…はたまた金銭がらみか?
下種な視聴者の想像はとどまるところを知らない。
いや、もしかしたらヨネスケという存在は
メディアの枠を超え既に私たちの知らないところで何か巨大な見えない力によって
記号化・共有化されているのではないだろうか?肖像権や著作権などといった
小さく小賢しい世界に留まらないような。
で、ヨネスケである。
木曜朝、その暴れっぷりはもはや放蕩無頼、茫然自失、傍若無人の限りを尽くしている。
夕ご飯という一日を終えるなにか牧歌的、大河的な時間の流れとは対極にある
戦場然とした朝の時間に、ヨネスケの乱入。人々が苛立たないわけがない。
大体、出勤通学前の一分一秒を争う一般家庭のどこにヨネスケを受け入れる余裕などあるものか!
取材拒否、または門前払いを食らわされるのがオチだろうと思いきや
ヨネスケまさかの暴挙。
勝手に門扉を開きドアを開け住宅に侵入している。
家人の許しを得ようものなら、免罪符を手に入れたかのごとく
ずんずん家の中に入っていく。
まずはテーブルの上のおかずを、ねめ回した後でお約束の味見。
挙句、台所にまで入ってきて、鍋の中身をチェック。味噌汁の具がなんであろうと
余計な御世話だ。
そうこうしているうち冷蔵庫を勝手に開けてタッパーに入った常備菜をつまみ食い。
粗業の悪さは目を覆うばかりだ。
当事者ではない私でも、ああ!やめてと思わず口をついて出てしまうほど
もう誰にもヨネスケを止められない。
「しかし、朝から意外にいいもの食ってるな。」とか自分の朝ごはんを棚に上げ
「この家は昆布の煮ものだけかよ。しけてんな~」などと
他人の生活を、こっそりのぞき見するようなワクワク感が、なるほどたまらない。
これが20年以上人々に愛され見続けられた所以というわけか。
一日の始まり。朝のニュースの時間帯が、他局の手によりいつのまにか、
タレントの起用やアイドル然とした女子アナを巧みに使い
バラエティ化を図ってきた中で、
長年頑なまでに政治や経済評論家、知識人を結集させて
報道の「やじうま」と言われるほど、社会派を頑固一徹守り通してきた
テレ朝が、ここにきてヨネスケかよ!と訝しがる私に、息子は言った。
垂れ流しの情報社会。緩みきった朝のニュースショウに対するアンチテーゼとしての
象徴がヨネスケなのだと。
震災から1年。少し気が緩みかけた私たちに「やじうま」は危機感を持ち続けろと喚起を促しているのだと言う。
いつヨネスケが自宅玄関の前に立っていてもいいような
心の準備だけは、いつ何時でもしておかなければならないという
危機管理の重要性を説いているとも。
さすが生まれた時からやじうまを見て育ってきた、
生え抜きの「やじうまッ子」だけの事はある。
まあ難しい事はさておき、
このコーナーは視聴者として気楽に楽しむ分にはたまらないものがあるが
自宅に突撃される当事者にだけはなりたくないものだ。
冷蔵庫をヨネスケに開けられることを想像しただけで発狂する。
まずは毎日のカギの施錠はもとより、チェーンの掛け忘れには
細心の注意を払いたい。
とにかくヨネスケの突撃侵入だけは死守しなければ。
ヨネスケは防犯予防にも警鐘を鳴らしているのか。
ヨネスケ、それは今そこにある危機。
ヨネスケといえばかつて一世を風靡した日本テレビ「ルックルックこんにちは」の
「突撃!となりの晩ごはん」のリポーターである。
となりの晩ごはんを知らないと言われる諸兄もいらっしゃると思うので、
軽く説明すると、巨大しゃもじを持ったヨネスケが
アポなしで全国各地の住宅街に突如現れ、
半ば強引に一般家庭の夕ご飯の様子をレポートすると言った内容で
1985年から2001年までの16年と、その後も日本テレビ系列の情報番組などで
「突撃!リアル」「帰ってきた」「突撃!スターの」などと微妙に
名前を変えながら2011年まで続いた日テレを代表する看板コーナーである。
その「突撃!となりの晩ごはん」が
なんとこの春からテレビ朝日の朝のニュース番組「やじうまテレビ」の
木曜日のコーナーに蘇ったのだ。
むろん、朝の番組だから「晩ごはん」じゃなく「朝ごはん」になるわけだが。
朝は反則だろう。
しかも人のふんどしで相撲を取るというより、
よその局の土俵に土足で上がり込み、悪びれもせずそのまま土俵ごと
持ち逃げした感じである。
日テレも日テレだ。伝家の宝刀といってもいいような看板コーナーを
そっくりそのままテレ朝に譲ってしまったかのようだ。
懐の深いところを見せたいのか…はたまた金銭がらみか?
下種な視聴者の想像はとどまるところを知らない。
いや、もしかしたらヨネスケという存在は
メディアの枠を超え既に私たちの知らないところで何か巨大な見えない力によって
記号化・共有化されているのではないだろうか?肖像権や著作権などといった
小さく小賢しい世界に留まらないような。
で、ヨネスケである。
木曜朝、その暴れっぷりはもはや放蕩無頼、茫然自失、傍若無人の限りを尽くしている。
夕ご飯という一日を終えるなにか牧歌的、大河的な時間の流れとは対極にある
戦場然とした朝の時間に、ヨネスケの乱入。人々が苛立たないわけがない。
大体、出勤通学前の一分一秒を争う一般家庭のどこにヨネスケを受け入れる余裕などあるものか!
取材拒否、または門前払いを食らわされるのがオチだろうと思いきや
ヨネスケまさかの暴挙。
勝手に門扉を開きドアを開け住宅に侵入している。
家人の許しを得ようものなら、免罪符を手に入れたかのごとく
ずんずん家の中に入っていく。
まずはテーブルの上のおかずを、ねめ回した後でお約束の味見。
挙句、台所にまで入ってきて、鍋の中身をチェック。味噌汁の具がなんであろうと
余計な御世話だ。
そうこうしているうち冷蔵庫を勝手に開けてタッパーに入った常備菜をつまみ食い。
粗業の悪さは目を覆うばかりだ。
当事者ではない私でも、ああ!やめてと思わず口をついて出てしまうほど
もう誰にもヨネスケを止められない。
「しかし、朝から意外にいいもの食ってるな。」とか自分の朝ごはんを棚に上げ
「この家は昆布の煮ものだけかよ。しけてんな~」などと
他人の生活を、こっそりのぞき見するようなワクワク感が、なるほどたまらない。
これが20年以上人々に愛され見続けられた所以というわけか。
一日の始まり。朝のニュースの時間帯が、他局の手によりいつのまにか、
タレントの起用やアイドル然とした女子アナを巧みに使い
バラエティ化を図ってきた中で、
長年頑なまでに政治や経済評論家、知識人を結集させて
報道の「やじうま」と言われるほど、社会派を頑固一徹守り通してきた
テレ朝が、ここにきてヨネスケかよ!と訝しがる私に、息子は言った。
垂れ流しの情報社会。緩みきった朝のニュースショウに対するアンチテーゼとしての
象徴がヨネスケなのだと。
震災から1年。少し気が緩みかけた私たちに「やじうま」は危機感を持ち続けろと喚起を促しているのだと言う。
いつヨネスケが自宅玄関の前に立っていてもいいような
心の準備だけは、いつ何時でもしておかなければならないという
危機管理の重要性を説いているとも。
さすが生まれた時からやじうまを見て育ってきた、
生え抜きの「やじうまッ子」だけの事はある。
まあ難しい事はさておき、
このコーナーは視聴者として気楽に楽しむ分にはたまらないものがあるが
自宅に突撃される当事者にだけはなりたくないものだ。
冷蔵庫をヨネスケに開けられることを想像しただけで発狂する。
まずは毎日のカギの施錠はもとより、チェーンの掛け忘れには
細心の注意を払いたい。
とにかくヨネスケの突撃侵入だけは死守しなければ。
ヨネスケは防犯予防にも警鐘を鳴らしているのか。
ヨネスケ、それは今そこにある危機。
2月18日、渋谷シネパレスでスティーブン・ダルドリー監督作品「ものすごくうるさくてありえないほど近い」を観てきました。「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」(Extremely Loud and Incredibly Close)という、なんだかわけのわからないタイトルです。
「ものすごくうるさい」ものとは?「ありえないほど近い」ものとは、一体何なのでしょう?
その意味が、映画の中に引っかかりのように隠されていて、最後には何がうるさくて、何が近いのか…観ている人たちの心の中に、ぼんやりとですが、物語を通して徐々に浮かび上がってきます。
2001年9月11日―。それは忘れもしない、世界中が恐怖と絶望に包まれたニューヨークの世界同時多発テロ。
オスカー (トーマス・ホーン)の最愛の父(トム・ハンクス)は、崩れ落ちる貿易センタービルと共に、突然この世界から消えてしまいました。
留守番電話に息子に宛てた声を残したまま…。
あの日から、帰らない父、そしてからっぽの柩のままの葬儀。
第六区を探すゲームも途中のまま・・・。
尊敬する父であり、唯一心を許し合える親友でもあった、大好きな大好きな父。
もともとアスペルガー症候群という発達障害を持つオスカーにとって、その父の死はどうしても受け入れがたいものでした。
どんどん殻に閉じこもっていくオスカーを心配する母親(サンドラ・ブロック)の優しい言葉にも反発し、ついには「死んだのが父さんじゃなく、母さんだったら良かったのに!」などと酷い言葉を言い放ってしまいます。
そして、9・11から一年、ある日オスカーは父のクローゼットで、偶然花瓶の中に隠されていた一本の鍵を発見します。
鍵を入れた封筒には“ブラック”と書かれており、これを人の名前だと考えたオスカーは、その鍵に父の死の意味を求め、またその鍵が父が自分へ残した最後のメッセージなのではないかと受け止め、その謎を解くために、1本の鍵と共にニューヨークに住む500人近い「ブラックさん」を訪ねるオスカーの旅が始まります。
アスペルガー症候群は、外界からの刺激にとても敏感になる傾向があるそうです。
健常者が気にならないような、乗り物の音、人々の話し声など、オスカーにとっては大きなストレスになります。
彼にとって、この世界は「ものすごくうるさい」のです。
公共交通機関に乗るのもオスカーにとっては一大事。心を落ち着かせるためのタンバリンを片手に、(おばあちゃんの家の間借り人(つまりおじいちゃん)という相棒を側に)オスカーは数ヶ月をかけて、ニューヨーク中を歩きます。
「他人と触れ合う事」など、自分の感情を上手くコントロールしたり、人の心を理解する事が苦手な、それまでのオスカーには、決してありえないこと。
週末を利用してニューヨーク中の一人ひとりのブラックさんに会い、事情を説明し、語り合い、心を通わせ、触れ合わなければ、鍵の謎は解けません。
オスカーのブラックさん探しの旅は、意外な形で終わりを迎えます。
ようやくたどり着いた鍵の謎を握る人物が、自分と同じく父を亡くした喪失感に苛まれている事を知り、オスカーは堰を切ったように話し始めます。
あの日、父の残した留守番電話に残した最後の声を。自分を苦しめている誰にも告げる事の出来なかった秘密を…。
余りにも残酷な記憶の吐露を…。
小さなオスカーにとって身内ではない誰かに話すことこそが、彼の心の奥の小さな部屋の氷の塊を溶かし、絶望と喪失を受け入れ、再生と成長の一歩を踏み出すための心の鍵だったのではないでしょうか。
ニューヨーク中を歩く旅の果て、様々な人々との出会いにより、孤独でひとりぽっちだと思い込んでいたオスカーは、実は多くの人々の「ありえないほど近い」愛に包まれている事。
そして「大切な何かを失ったのは自分だけではない」ことを知ります。
背負っている荷物の重さは違っても、みんな悲しみを背負って生きています。
ちょうど9.11から10年後、3.11の悲劇を経験した私たち日本人にとっても、この「ものうる」は、愛と喪失、そして生と死の意味を問う物語となって心に響いてきます。
人間は儚い存在です。
だけどどんなに辛くても、もうだめだと思っても、何度も立ち上がって再生していく、また再生できる心を持つ強い存在であることも確かなのです。
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