花の名
2010年 03月 14日
3月に入り、霙が交じる寒い雨の降る日もあったりしたが、
少しずつではあるが、春の気配が確実に近づいてきている今日この頃。
桜にはまだ早いこの時期、梅の花もいいが、辛夷の花もまたいい。
白い大きな花びらが風に揺れる様は、行きつ戻りつしている臆病な春を手招いているように見える。
辛夷の花というと、私の中で一番に思い出されるのが
大好きな詩人、茨木のり子さんの詩集「鎮魂歌」のなかの「花の名」という詩である。
父親を野辺に送った帰りの列車で、たまたま、向かいに乗り合わせた男性との
他愛の無い会話―。
会話はどこかふわふわと二人の間を漂う。シンクロしながら浮かんでくるのは
亡き父との思い出や、父と交わした懐かしい言葉のやりとり。
花の名前を覚えたいという男性に、今頃の季節に白い大きな花が咲くのは「泰山木」と教えてしまい
東京駅に着いて別れたあとに「辛夷の花」だと気づくシーンは何度読み返しても
私の中で印象的な映画の一こまのように映像で蘇ってくる。
私が初めて、茨木のり子さんを知り、この詩集と出会ったのが高校2年生の時。
「汲む」という詩が好きで、学校の図書館で詩集を借りて読んだ。
そしてこの「花の名」に出会った。
女のひとが花の名前を沢山知っているのなんかとてもいいものだよ
父の古い言葉がゆっくりよぎる
物心ついてからどれほど怖れてきただろう
死別の日を
歳月はあなたとの別れの準備のためにおおかた費やされてきたように思われる
いい男だったわ お父さん
娘が捧げる一輪の花
生きている時言いたくて言えなかった言葉です
棺のまわりに誰もいなくなったとき
私はそっと近づいて父の顔に頬をよせた
氷ともちがう陶器ともちがうふしぎなつめたさ
菜の花畑のまんなかの火葬場から ビスケットを焼くような黒い煙がひとすじ昇る
ふるさとの海辺の町はへんに明るく
すべてを童話に見せてしまう
なんど読んでも涙が出て止まらないのは
11の時に死んだ父のことを思い出すから。
花の名前をたくさん知っているような、そんな女の子になって欲しいと言っていた。
父の体から体温がどんどんなくなって陶器より冷たくなっていくのを
ただ震えて見つめていた、無力な11の私を思い出すから。
弥生三月。
これからも辛夷の花が咲く頃、私は「花の名」を思い出すのだろう。
そしてそのたび父の事を思い出し涙を流すのだろう。
気がつけば父の歳をいつのまにかとうに過ぎてしまっているというのに。
私はこの季節になると、いつも11の小さくて無力な自分に戻ってしまう。
あの人が指したのは辛夷の花ではなかったかしら
そうだ泰山木は6月の花
もう咲いていたというのなら辛夷の花
ああ なんといううわのそら
娘の頃に父はしきりに言ったものだ
「お前は馬鹿だ」「お前は抜けている」・・・・
世の中に出てみたらさほどの馬鹿でもないことがはっきりしたけど
あれはなにを怖れていたのですか父上よ
それにしても今日はほんとに一寸馬鹿
かの登山帽の戦中派 花の名前の誤りを
何時 何処で どんな顔して 気付いてくれることだろう
少しずつではあるが、春の気配が確実に近づいてきている今日この頃。
桜にはまだ早いこの時期、梅の花もいいが、辛夷の花もまたいい。
白い大きな花びらが風に揺れる様は、行きつ戻りつしている臆病な春を手招いているように見える。
辛夷の花というと、私の中で一番に思い出されるのが
大好きな詩人、茨木のり子さんの詩集「鎮魂歌」のなかの「花の名」という詩である。
父親を野辺に送った帰りの列車で、たまたま、向かいに乗り合わせた男性との
他愛の無い会話―。
会話はどこかふわふわと二人の間を漂う。シンクロしながら浮かんでくるのは
亡き父との思い出や、父と交わした懐かしい言葉のやりとり。
花の名前を覚えたいという男性に、今頃の季節に白い大きな花が咲くのは「泰山木」と教えてしまい
東京駅に着いて別れたあとに「辛夷の花」だと気づくシーンは何度読み返しても
私の中で印象的な映画の一こまのように映像で蘇ってくる。
私が初めて、茨木のり子さんを知り、この詩集と出会ったのが高校2年生の時。
「汲む」という詩が好きで、学校の図書館で詩集を借りて読んだ。
そしてこの「花の名」に出会った。
女のひとが花の名前を沢山知っているのなんかとてもいいものだよ
父の古い言葉がゆっくりよぎる
物心ついてからどれほど怖れてきただろう
死別の日を
歳月はあなたとの別れの準備のためにおおかた費やされてきたように思われる
いい男だったわ お父さん
娘が捧げる一輪の花
生きている時言いたくて言えなかった言葉です
棺のまわりに誰もいなくなったとき
私はそっと近づいて父の顔に頬をよせた
氷ともちがう陶器ともちがうふしぎなつめたさ
菜の花畑のまんなかの火葬場から ビスケットを焼くような黒い煙がひとすじ昇る
ふるさとの海辺の町はへんに明るく
すべてを童話に見せてしまう
なんど読んでも涙が出て止まらないのは
11の時に死んだ父のことを思い出すから。
花の名前をたくさん知っているような、そんな女の子になって欲しいと言っていた。
父の体から体温がどんどんなくなって陶器より冷たくなっていくのを
ただ震えて見つめていた、無力な11の私を思い出すから。
弥生三月。
これからも辛夷の花が咲く頃、私は「花の名」を思い出すのだろう。
そしてそのたび父の事を思い出し涙を流すのだろう。
気がつけば父の歳をいつのまにかとうに過ぎてしまっているというのに。
私はこの季節になると、いつも11の小さくて無力な自分に戻ってしまう。
あの人が指したのは辛夷の花ではなかったかしら
そうだ泰山木は6月の花
もう咲いていたというのなら辛夷の花
ああ なんといううわのそら
娘の頃に父はしきりに言ったものだ
「お前は馬鹿だ」「お前は抜けている」・・・・
世の中に出てみたらさほどの馬鹿でもないことがはっきりしたけど
あれはなにを怖れていたのですか父上よ
それにしても今日はほんとに一寸馬鹿
かの登山帽の戦中派 花の名前の誤りを
何時 何処で どんな顔して 気付いてくれることだろう
by Ricophoo | 2010-03-14 01:05 | 本