市馬さんに夢中(その8)

懸賞 2014年 07月 19日 懸賞

f0036354_12242851.jpg7月18日国立演芸場で「7月中席 夜の部」を観てきました。
そう!もちろんトリは市馬さんです!
「さあ明日から連休だ!」という開放感全開の金曜日の夜に職場から歩いて5分の国立演芸場で大好きな市馬さんの落語を聴く!一年に1回もしくは2回ほど行われる市馬さん主任の国立演芸場での落語会、しかも最前列をゲットできる夜の部。一年間この日をどれだけ待ち望んでいたことか!私にとってはまさに筆舌尽くしがたい贅沢です!
前回に続き開口一番は、またまた柳亭市助さんだったのですが・・・会場に着いた時には既に市助さんの落語が終わる所でした。
開演18:00と言うことと、歩いて行ける気安さもあり、少し残業したのがまずかった。国立演芸場では前座の落語は開演の10分くらい前に始まるのです。私としたことが完全に失念しておりました。
本日の演目は以下のとおり
●柳亭市助さん…「出来心」
●柳亭市楽さん…「松山鏡」 
●柳家小せんさん…「あくび指南」
●江戸家小猫さん…「動物ものまね」
●柳家小のぶさん…「火焔太鼓」
●柳家小里んさん…「お茶汲み」
仲入り
●橘家團十郎さん…「ちりとてちん」
●五明樓玉の輔さん…「悋気の独楽」
●柳家小菊さん…粋曲
●柳亭市馬さん…「阿武松」
【阿武松】
能登の国〈今の石川県〉から名主の添え書をもって江戸へ出てきた長吉は京橋の観世新道の(現在の銀座1丁目〉関取 武隈文右衛門の弟子になり小車(おぐるま)という名前をもらいます。当時の相撲界は現在と制度が異なっていて現役力士でも弟子を持つことができたそうです。
小車はよく働きますが、桁外れの大飯食い。たまりかねた武隈とおかみさんはこのままでは小車に部屋を食いつぶされてしまうからと小車に一分の金を渡して故郷へ帰れと暇を出してしまいます。悲嘆にくれた小車は、ぼんやりと中山道を板橋から志村、戸田の渡しまで来ます。大食いのせいで関取になれないなんて、情けないやら恥ずかしいやら…故郷への面目も立ちません。いっそここで身投げでもと思いましたが、どうせ死ぬならもらった一分で好きな飯を腹一杯食ってからにしようと、とって返し板橋の平尾宿の橘屋善兵衛という立派な旅籠へ行き、一分の金を出して、何もいらないからお飯(まんま)だけは好きなだけ食べさせてくださいと頼みます。なにしろ今生最後の晩飯ですからその食いっぷりのすごいこと!女中からこの話を聞いた主の善兵衛がその食いっぷりを見物に来ますが、なんとなく沈んだ顔をしているのが気にかかり善兵衛は小車に話を聞きます。ことの顛末を聞いた大の相撲好きの善兵衛は気の毒に思い自分の懇意にしている錣山親方の所への弟子入りの世話をしてあげることにしました。更に食い扶持に困らないよう月に五斗俵を二俵の仕送りもしようと言ってくれます。喜んだ小車は、死なずにすむことになり、またうまそうに飯を食い続けます。
翌朝、小車と善兵衛は根津の七軒町の錣山親方の所へ連れていきます。善兵衛が小車を弟子にと頼むと、錣山は旦那さんの頼みならと小車の身体も改めずに引き受けてくれたうえ、錣山が前相撲の時の小緑というしこ名までつけてくれました。しかも善兵衛からの仕送りの申し出を断り「相撲取りが飯が食えんようなこっちゃいかん!武隈関は考え違いをしていなさる。遠慮はいらん。一日一俵ずつ食わせてもいい!」と快く小緑を弟子にしてくれました。
文化12年の12月、麹町10丁目、報恩寺の相撲の番付に初めて小緑という名前がのり、序の口すそから14枚目に小緑常吉。翌13年2月、芝西の久保八幡の番付には序二段目、すそから24枚目に躍進。その間が100日たたないうちに番付を60枚とび越したという、古今に珍しい出世です。
文政5年、蔵前八幡の大相撲に入幕をはたし、小緑改め小柳長吉になります。
初日、二日、三日と連勝。明日4日の取組みの中に、武隈と小柳とという文字が!これを見て喜んだのが師匠の錣山。「明日はお前の旧師匠、武隈関との割りが出た。しっかり働け」「へい、明日の相撲にすべりましては、板橋の旦那さんに合わせる顔がござりませんで・・・。飯(まんま)の仇 武隈文右衛門、明日は一丁、働きます!」
翌日、武隈との立ち合いが長州公の目にとまり藩のお抱え力士に召し上げられます。
その後阿武松緑之助と改名し、6代目横綱 阿武松緑之助 出世力士のお噺です。

初めて聞いた「阿武松」。市馬さんの噺が終わって緞帳が下がっても興奮と感動でしばらく立つことができませんでした。
名古屋場所の最中ということでの「阿武松」。実にタイムリーなチョイスは市馬さんのセンスの良さが光ります。まくらには得意の行司ネタや伸びのある呼び出しの声真似で、客席の心をイッキに鷲掴みです。
今年の3月場所に第71代横綱 鶴竜が誕生しましたが、この噺の主人公 阿武松緑之助は今から遡ること186年前の第6代横綱です。史実に基づいたフィクションということもあり、また主人公自体は桁外れの大食漢キャラということくらいで、性格的には地味な感じなのですが、そこはさすが市馬さん、逆に周りのキャラクターを際立たせることにより、どんどん情景が頭の中に広がっていきました。また講釈風な語りを途中に挿入することによってメリハリが効いたキリリとした噺になっていました。聞き終えた後には、まるで一大巨編の映画みたような感動に包まれていました。
素晴らしい景色や素晴らしい音楽、素晴らしい芸術に触れたとき人は自然に涙が出てくるものだと聞いたことがあります。今日の市馬さんの人情話はまさにそれでした。
気が付いたらいつの間にか涙が滲んでいました。

by Ricophoo | 2014-07-19 12:26 | 落語 | Comments(0)

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