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楽しいこと、かわいいこと、おいしいこと、素敵なこと全部煮込んでスープにしました。
by Ricophoo

カテゴリ:その他

  • 今そこにある危機 
    [ 2012-04-13 22:05 ]
  • モナクカバキチ 
    [ 2012-02-01 07:21 ]
  • 女松方と混沌の時代
    [ 2011-07-14 15:22 ]
  • 毛抜き
    [ 2011-06-26 00:37 ]
  • 最後だとわかっていたら
    [ 2011-03-28 23:10 ]
  • 東北・関東大震災
    [ 2011-03-22 00:18 ]
  • かっこよすぎる海女
    [ 2010-09-11 00:05 ]
  • 理由なんていらない
    [ 2010-08-24 22:53 ]
  • 我が家のオーパーツ
    [ 2010-05-05 01:03 ]
  • 汚い話ですみません
    [ 2009-07-24 23:29 ]

今そこにある危機 

2012年春、木曜日の朝にヨネスケが暴れている。
ヨネスケといえばかつて一世を風靡した日本テレビ「ルックルックこんにちは」の
「突撃!となりの晩ごはん」のリポーターである。

となりの晩ごはんを知らないと言われる諸兄もいらっしゃると思うので、
軽く説明すると、巨大しゃもじを持ったヨネスケが
アポなしで全国各地の住宅街に突如現れ、
半ば強引に一般家庭の夕ご飯の様子をレポートすると言った内容で
1985年から2001年までの16年と、その後も日本テレビ系列の情報番組などで
「突撃!リアル」「帰ってきた」「突撃!スターの」などと微妙に
名前を変えながら2011年まで続いた日テレを代表する看板コーナーである。

その「突撃!となりの晩ごはん」が
なんとこの春からテレビ朝日の朝のニュース番組「やじうまテレビ」の
木曜日のコーナーに蘇ったのだ。
むろん、朝の番組だから「晩ごはん」じゃなく「朝ごはん」になるわけだが。
朝は反則だろう。
しかも人のふんどしで相撲を取るというより、
よその局の土俵に土足で上がり込み、悪びれもせずそのまま土俵ごと
持ち逃げした感じである。
日テレも日テレだ。伝家の宝刀といってもいいような看板コーナーを
そっくりそのままテレ朝に譲ってしまったかのようだ。
懐の深いところを見せたいのか…はたまた金銭がらみか?
下種な視聴者の想像はとどまるところを知らない。
いや、もしかしたらヨネスケという存在は
メディアの枠を超え既に私たちの知らないところで何か巨大な見えない力によって
記号化・共有化されているのではないだろうか?肖像権や著作権などといった
小さく小賢しい世界に留まらないような。

で、ヨネスケである。

木曜朝、その暴れっぷりはもはや放蕩無頼、茫然自失、傍若無人の限りを尽くしている。
夕ご飯という一日を終えるなにか牧歌的、大河的な時間の流れとは対極にある
戦場然とした朝の時間に、ヨネスケの乱入。人々が苛立たないわけがない。
大体、出勤通学前の一分一秒を争う一般家庭のどこにヨネスケを受け入れる余裕などあるものか!
取材拒否、または門前払いを食らわされるのがオチだろうと思いきや
ヨネスケまさかの暴挙。
勝手に門扉を開きドアを開け住宅に侵入している。
家人の許しを得ようものなら、免罪符を手に入れたかのごとく
ずんずん家の中に入っていく。
まずはテーブルの上のおかずを、ねめ回した後でお約束の味見。
挙句、台所にまで入ってきて、鍋の中身をチェック。味噌汁の具がなんであろうと
余計な御世話だ。
そうこうしているうち冷蔵庫を勝手に開けてタッパーに入った常備菜をつまみ食い。
粗業の悪さは目を覆うばかりだ。
当事者ではない私でも、ああ!やめてと思わず口をついて出てしまうほど
もう誰にもヨネスケを止められない。


「しかし、朝から意外にいいもの食ってるな。」とか自分の朝ごはんを棚に上げ
「この家は昆布の煮ものだけかよ。しけてんな~」などと
他人の生活を、こっそりのぞき見するようなワクワク感が、なるほどたまらない。
これが20年以上人々に愛され見続けられた所以というわけか。

一日の始まり。朝のニュースの時間帯が、他局の手によりいつのまにか、
タレントの起用やアイドル然とした女子アナを巧みに使い
バラエティ化を図ってきた中で、
長年頑なまでに政治や経済評論家、知識人を結集させて
報道の「やじうま」と言われるほど、社会派を頑固一徹守り通してきた
テレ朝が、ここにきてヨネスケかよ!と訝しがる私に、息子は言った。

垂れ流しの情報社会。緩みきった朝のニュースショウに対するアンチテーゼとしての
象徴がヨネスケなのだと。

震災から1年。少し気が緩みかけた私たちに「やじうま」は危機感を持ち続けろと喚起を促しているのだと言う。
いつヨネスケが自宅玄関の前に立っていてもいいような
心の準備だけは、いつ何時でもしておかなければならないという
危機管理の重要性を説いているとも。

さすが生まれた時からやじうまを見て育ってきた、
生え抜きの「やじうまッ子」だけの事はある。

まあ難しい事はさておき、
このコーナーは視聴者として気楽に楽しむ分にはたまらないものがあるが
自宅に突撃される当事者にだけはなりたくないものだ。
冷蔵庫をヨネスケに開けられることを想像しただけで発狂する。

まずは毎日のカギの施錠はもとより、チェーンの掛け忘れには
細心の注意を払いたい。
とにかくヨネスケの突撃侵入だけは死守しなければ。
ヨネスケは防犯予防にも警鐘を鳴らしているのか。
ヨネスケ、それは今そこにある危機。

by Ricophoo | 2012-04-13 22:05 | その他 | Trackback | Comments(2)

モナクカバキチ 

福山市営競馬のベテラン競走馬モナクカバキチ(アラブ系、牡13歳)が30日、地方競馬
の歴代最多勝の記録更新を目指し3カ月半ぶりに出走しました。歴代タイの54勝を挙げて以降、 長年蓄積した疲労もあり、ここ最近は黒星が続いていたそうですが、3ヶ月の休みをとって30日の第9レース(1250メートル、10頭立て)に出走、昨年7月以来の勝利に期待が膨らみましたが、残念ながら結果は5位となりました。
モナクカバキチは13歳、人間であれば50歳を少し越えたくらいだとのこと。市営競馬の現役最年長の競走馬です。
30日のレースに出走した馬は殆どが、3、4歳だと言うことを考えれば、13歳という年齢がどんなに凄いことなのかが良くわかります。

よくもまあ、大した怪我もせず13歳まで第一線で活躍することができるものです。
「無事是名馬なり」とは、まさにこのモナクカバキチのためにあるような言葉ではないでしょうか?

他のライバルたちは、カバキチより10歳も若いのです。50歳の中年オヤジが、血気盛んな中学生に交じり同じ舞台で勝負を賭けているわけです。

2001年10月に 福山でデビューし、荒尾競馬、名古屋競馬でも活躍し、昨年7月24日、高知競馬の エスケープハッチ(牡、08年引退)の記録に並んだそうです。

テレビで、カバキチのレースを見ましたが、スタートは出遅れたものの、その後巻き返し、堂々ベテランの走りを見せてくれました。10頭中の5位ですから、大したものです!
しかも3ヶ月間のブランクを考えれば、コンディションや勝負勘が戻れば、次回歴代最多勝記録更新も夢ではありません。


諦めない走り!中年の星!私たちの希望!果てしない夢!
今回、単勝で2番人気だったそうです。
アラブ種でサラブレッドではないところがまたいいのでしょう。
これからますます人々の期待が膨らんできます。

ぜひとも、カバキチには地方競馬会の「あぶさん」となって、いつまでも頑張ってほしいものです。

競馬ファンでなくとも、カバキチに勝手な妄想を描き、ついうるうると涙目になって応援してしまう諸兄も多くいらっしゃるとは思いますが、私は、馬にカバキチなどという名前をつける馬主の狙いが、今気になって仕方ありません。

カバと言えば、少し前テレビで観た衝撃映像が忘れられません。川に落ちたヌーや、同じく川を渡り損ねた鹿の子供がワニに襲われるのを、カバが必死になって助けているのです。
専門家も、どうしてそんなことをするのか分からないのだそうです。
色や体つきから、自分の子供や仲間の子供と間違えたのでしょうか?
助けた見返りになにか得なことでもあるのでしょうか?
しかし、私はカバについて、あまり深く考えるのは止めました。
見返りのない無償の愛、溢れる優しさで力の弱い動物たちを守る、カバのレスキュー隊!
浪漫と妄想が広がります。
私が小さい頃から夢に見ていた、森の仲間たちのメルヘンがそこにはあります。

2012年、今年はカバが熱い!
by Ricophoo | 2012-02-01 07:21 | その他 | Trackback | Comments(4)

女松方と混沌の時代

今からかれこれ20年くらい前になるが、まだ公園デビューなる言葉が現れる少し前の話。
息子が幼稚園へ入る少し前から小学校へ上がるまでの約3年間
一応私も「タカちゃんママ」などと言われた時代があった。

公園デビューとは、子供を公園へ初めて連れて行って遊ばせることである。
税金を払っていようがいまいが公園で遊ばせるのに、なにも誰かにお伺いを立てなければならない義務も義理もないが、小さい子供を持つ母親が、隔離された安全なシェルターから、子供を連れて社会へ踏み出す第一歩がいわゆる「公園デビュー」なのである。

できることなら、安全なシェルターの中で親子二人、ずっと隠れていられたら!

しかし、人間として成長していく以上、社会とかかわりを持って生きていかなければ
ならないのだ。

母親としては、自分の子供がたくさんの友だちに囲まれて遊ぶ笑顔を見たい。そして社会にうまく順応できるような人間に育てたい…親の切なる願いである。

まあ邪気のない子供にとっては、そんなものどうでもいい話なのだが、そのためにも公園という社会は子供にとっても、親にとっても大変重要な初めての社交場となるのだ。

しかし如何せん公園には既にある程度の社会が出来上がっている。
それは誰にも抗えない。先にそこにいたものが常に偉いのである。

当然そこには、いくつかの派閥がある。子供のではなく、当然母親同士のである。
自分だけの問題ならば、自分の置かれた立場や周りの情況を的確に判断し、自分の都合のいい派閥に上手く取り入り仲間入りができるのだが、そこは子供が絡んでくると、どうしようもない。
たまたまその時間、その場にいた、同年代の子供を持つ親たちが、否が応でも、その日公園デビューで出会ったママ友となるのだ。

公園デビューは神経を使う。
できれば公園で遊ぶ皆さんに親子共々優しく広い心で受け入れられたい!!
そう思うのは、この私でもやぶさかではない。
そんなワケで、私も赤ちゃん雑誌に書いてあった、「初めて公園に子供を連れて行くときに他のお母さん達からウケのいいファッション」を勉強し、とにかく当たり障りの無い、犬のイラストのついたトレーナーにキュロットスカートといういでたちで何とか公園デビューを果たした。

初めての公園デビューでママ友になったのは、息子と同じ年の男の子のお母さん
Mさんだ。
ひみつのアッ子ちゃんに出てくる「チカ子」によく似ていた。
チカ子は、思わずマンボを踊りだしたくなるような、赤や黄色のへたくそな自作の服を着ていた。
チカ子の家は、ゴミ屋敷だった。
空き巣に300回くらい入られて家の中を引っ掻き回されたような家だった。
よく自宅へ招待された。

チカ子は甲高い声で自分の息子を叱り付け、夢中になると唾を飛ばしながら話す。
時に、チカ子はゴミだらけの台所で手作りのお菓子やケーキを作って振舞ってくれるのだが、これにはさすがの私も閉口した。
食べ物の味を感じないように飲み込む術と作り笑顔はその時に習得させてもらったといっても過言ではない。

その次に出会ったママ友は眼鏡をかけた鼻毛を気にしない阿木曜子だ。
美人で優しい人だった。
阿木曜子は少し家が遠かったので、それほど親しくはならなかったが、
惚れ惚れするような風貌なのに、いつも鼻毛がでているので、目のやり場に困ったことを今でも覚えている。自分の美しさに気がつかないのは不幸なことだと思った。

チカ子の紹介で知り合ったママ友、ちょっと貧乏臭い岡江久美子。
気さくでとてもいい人だった。
子供への虐待話を明るい笑顔でよく聞かされた。
「好きだから」と言う理由で赤ん坊にブラックコーヒーを飲ませていたのには驚いたが、旅先で駄々をこねた自分の息子を車のトランクへ入れて連れて帰ってきたという話を聞かされた時にはこんな私でも背筋が凍りついた。

他にもタロウちゃんのママやシュン君のママ、ノンちゃんのママという人たちもいた。

しかし、そんなママ友のなかにも一際異彩を放つ人物がいた。
それは「女松方」である。
なかなか、これはという松方弘樹の画像が見つからなかったので、
ここでは西部警察の大門刑事の写真を使用させてもらったが、彼女はあくまで「女松方」なのである。モコモコのおばちゃんパーマをかけ、なぜかレイバン風のサングラスをかけた二児の母。一見おばちゃん風なのだが、サングラスの奥に佇む圧倒的存在感は、まぎれもなく松方弘樹そのものだった。
なにがどうと言われると困るのだが、ただ こわかった。
普段は物静かだが、つっけんどんな物言いや低い声が更に私に恐怖を植え付けた。

女松方の長男が頭に包帯をして現れた時、何処からとも無く「女松方が息子の頭を包丁で殴った」という噂が近所中に流れたことがあったが、
皆の口から「まさか嘘だろう」という言葉が直ぐに出てこなかったのも、私の女松方への恐ろしさを増幅させていった。

女松方の家は狭い。
交通の激しい道路の横に立つ2Kのアパートだ。
その狭いアパートで、2週間に一度くらい会議が行われる。
会議といっても、近所のセンターの一室を借り、毎月のように行なわれる子供達の誕生会の段取りを決めるのだ。ケーキは何個発注して、誰が取りに行くとか、ジュースは誰が買うとかそういう他愛も無い会議だ。
狭い部屋の中には、子供も含めて15人くらいがひしめき合っていた。

そんな中でも、私にとって恐怖だったのが、会議後のレディースコミックの回し読みだった。
レディースコミックというのは、大人の女向けのHでイヤらしい漫画のことだ。
刺激的なようでいて、実は曖昧な性描写や凡庸なストーリーに当時は辟易していたため、レディースコミックを自分で買って読むようなことは、未来永劫あり得ないことだった。

しかし、女松方からの一言「次はタカちゃんママの番ね」といって否応なしに回覧板のように、名前に印をつけられ、大きな3つの手提げ袋を持たされた日には、返す言葉も無かった。
力なく肩を落とし、レディースコミックを家に持ち帰った。
誰が女松方の言葉にたてつくことが出来ようか。

子供の喧嘩や泣き声、こぼれたジュースやお菓子のかす、親の怒号とレディースコミックが飛び交う阿鼻叫喚な2Kのアパートを思い出だすと、20年経った今でもうなされる。

「名前をなくした女神」という子育てやお受験に悩み嫉妬や裏切りなどママ友たちをめぐるドラマが最近まで放映されていた。
出演者は杏さん、木村佳乃さんにモデルのりょうさん等…美人女優ばかり。ドロドロした人間関係を描いてはいたが、ドラマの中ではみんな高級マンションに住み、誰もがお洒落で素敵な暮らしや子育てをしていた。
こんなドラマは嘘だと思った。

私の周りには、杏さんも木村さんもいなかった。

女松方にチカ子に貧乏な岡江久美子そして2Kのアパートとレディースコミック・・・

まぎれもなく、これが私の「タカちゃんママ」と呼ばれた混沌の時代だった。
by Ricophoo | 2011-07-14 15:22 | その他 | Trackback | Comments(6)

毛抜き

いい毛抜きを買った。
いい毛抜きといっても、1300円ほどの毛抜きだ。
日ごろ100円ショップで買った毛抜きを使っている自分にとっては、かなりのぜいたく品である。
100円ショップの毛抜きは、やはり100円の働きしかしない。
ここぞという瞬間に、力を入れて引っ張るが、掴んだと見えた毛は毛抜きの刃の部分を、かすめただけで、すり抜け、あえなく肩透かしを食らわされる形になる。
そんな空振り感覚には毛抜きで毛を抜くたびに毎回イライラさせられる。
確実に手中に収めたはすの幸せを、寸でのところで失う感覚。
その喪失感は、想像以上にストレスがたまる。
お金は貯まらないのに、ストレスだけがたまっていく。
しかし、そんなストレスとはもうさよならだ!
私はいい毛抜きを買ったのだ。

いい毛抜きで試しに眉毛を一本抜いてみる。
狙った毛を挟み、軽く力を入れて引いてみるとスッと素直に抜ける。
刃の部分から毛がすり抜ける気配無く確実に、刃は毛をしっかりと捕える。
もう一本、更にもう一本・・・・
気がついたら、片方の眉毛だけが異様に細くなってしまった。

狙った獲物は逃がさない。
THEストレスフリー。
百発百中だ。
あんなところや、こんなところも、そしてまさかそんなところの毛まで。

面白いように抜ける喜びに興奮し、思わず我を忘れて毛抜きに没頭する。

1300円の瑣末な贅沢が大きな幸せをつれて来る。

1300円の毛抜きでこんな幸せを感じるのならば、日本の名工が作った
桐の箱に入っているような毛抜きなら、いったいどんな世界が待っているのだろう?

夢や欲望は果てしなく膨らむ。
by Ricophoo | 2011-06-26 00:37 | その他 | Trackback | Comments(2)

最後だとわかっていたら

2000年10月に一人の野球選手がこの世を去りました。
藤井将雄選手、福岡ダイエーホークスの投手として、1999年には最多ホールドを獲得、「炎の中継ぎ」と称され、チーム内での信頼も厚く、ダイエーのリーグ優勝の原動力となった素晴らしい選手でした。

藤井投手は、闘病中に、ご自身のホームページで日記を公開されていらっしゃいました。
肺がんという病と闘いながらも、このホームページで彼は、愚痴や弱音を吐くこともなく
人を思いやる優しい言葉が綴られていました。
日記はダイエーとジャイアンツの日本シリーズが行われる直前の2000年10月17日(管理人代記)で終っています。

中継ぎ投手ということもあり、花形選手ではなく、どちらかというと大人しい地味な選手でしたが
野球人として、人間として彼をとても尊敬していたので、彼の死は本当にショックでした。
どうしても、藤井選手の素晴らしさをダイエーファンの人だけではなく、もっと多くの人に知って欲しくて
10年前の10月19日に彼のホームページのことを朝日新聞に投稿しました。

あれからもう10年が過ぎました。

3月11日に突然起こった大震災で、被災地の方々の多くが愛する人や愛する家族、愛する町を一瞬のうちに失ってしまいました。その深い悲しみを思うと胸が潰れそうになります。

明日という日は必ずやってくると、誰もがみなそう思いながら生きています。
だけど、私たちが過ごす、このありふれた毎日は、実は永遠ではないのだということを
この大震災で改めて思い知らされました。
毎日送られてくる悲惨な被災地の映像を、何も出来ずただ茫然と見つめている時
藤井選手の日記に綴られていた言葉が蘇ってきました。

「自然の力の前では、人間の存在がちっぽけに思えます。昨日までは笑顔で生活していても、地震や水害などの自然災害で一瞬にして笑顔の無い生活に変わってしまいます。怪我や病気も同じことが言えるような気がします。僕たちの、このありふれた平凡な生活は、本当はとても壊れやすく、笑顔の絶えない生活を無くさない方が奇跡に近いんじゃないでしょうか?平凡な生活が、本当は一番幸せなのかもしれません」


そして2001年9月11日
アメリカ同時多発テロが起こり、多くの方が犠牲になり
人々のありふれた日常が一瞬のうちに壊されてしまいました。

ここに救助のためツインタワーに突入し、命を落とした
レスキュー隊の消防士の方が生前に記した一編の詩があります。



【最後だとわかっていたなら】

あなたが眠りにつくのを見るのが最後だとわかっていたら
私はもっとちゃんとカバーをかけ神様に、その魂を守って下さるよう祈っただろう。

あなたがドアを出て行くのを見るのが最後だとわかっていたら
私はあなたを抱きしめて、キスをして、そしてまたもう一度呼び寄せて抱きしめただろう。

あなたが喜びに満ちた声を上げるのを聞くのが最後だとわかっていたら
私はその一部始終をビデオに撮って毎日繰りかえし見ただろう。

確かにいつも明日はやってくる。
見過ごしたことも取り返せる。
やり間違えたこともやり直せる機会がいつも与えられている。

あなたを「愛している」ということはいつだってできるし
「何か手伝おうかと声をかけることもいつだってできる。
でもそれが私の勘違いで今日で全てが終るとしたら、
私は今日どんなにあなたを愛しているか伝えたい。

そして私たちは忘れないようにしたい。

若い人にも、年老いた人にも明日は誰にも約束されていないのだということを。
愛する人を抱きしめるのは今日が最後になるかもしれないことを。

明日が来るのを待っているのなら、今日でもいいはず。
もし明日が来ないとしたら、あなたは今日を後悔するだろうから。

微笑みや、抱擁や、キスをするためのほんのちょっとの時間をどうして惜しんだのかと
忙しさを理由にその人の最後の願いとなってしまったことを、どうしてしてあげられなかったのかと。

だから今日、あなたの大切な人たちをしっかり抱きしめよう。
そして、その人を愛していることを
いつでも、いつまでも大切な存在だと言うことを、そっと伝えよう。

「ごめんね」「ゆるしてね」や「ありがとう」や「気にしないで」を伝える時を
伝える時を持とう。
そうすれば、もし明日が来ないとしても、あなたは今日を後悔しないだろうから。


by Ricophoo | 2011-03-28 23:10 | その他 | Trackback | Comments(7)

東北・関東大震災

3月11日、東北・関東地方を巨大地震が襲いました。
そして数分後に押し寄せた大津波により、歴史上かつてないほどの大被害をもたらし、数多の尊い人命が奪われてしまいました。
被害に遭われた被災地の方々に慎んでお見舞い申上げます。

また犠牲になられた方々のご冥福をお祈りすると共に、未だに1万人以上の方々の安否が確認できていません。安否の確認ができていない方々のご無事と、一刻も早い復興を心からお祈り申上げます。
大地震、大津波、原発事故、想像を絶する惨状がテレビに映し出されるたびに胸が引きちぎられる思いになります。
泥の海から救い出された赤ちゃんを抱き、立ちつくす母親の姿。行方不明の母を呼び泣き叫ぶ少女や、濁流にのまれながら家族のために生きようとしたと語る父親の姿がありました。目をそらしてしまいたくなるような痛ましい映像ですが、これは今起きている現実です。被災地にあって、命そのものに対峙して、生きることに懸命の力を振り絞っている人たちがいます。
避難所で寒さに震える人たちに毛布を届けたい。
おなかをすかせている子供達やお年寄りに温かい食べるものを届けたい。
赤ちゃんにミルクを、病気で苦しんでいる人に薬を届けたい。
何も出来ず悔しい思いで、テレビの前で涙を流し続けていました。
救援物資を届けたくても、ボランティアで被災地に駆けつけたくても、個人で動くことは混乱を招き、逆に救援の妨げになってしまう現実。原発事故で、義捐金は届けられても、復興への一歩を歩みだすことも出来ずにいる歯がゆい現実。
震災から10日が過ぎ、
今私たちは何をなすべきか?
今起きていることを直視すること。
そして何を考え、どう動くか?
国中で自己を直視し、内観し、行動することが大切だと思います。

わずか10日前には、桜のころを思い春が待ち遠しく笑顔で過ごす人々がいました。その人々の笑顔が突然の災害によって一瞬のうちに奪われてしまいました。
被災地以外に住む人間にとって
人々の絆とは、自然とは、原子力発電という科学の進歩、文明の進歩とは何か?
この難問は原発の恩恵に甘受し日々の生活を快適に送ってきた私たちに今まさに突きつけられた問題です。
悲しみの涙の淵に沈もうとも、それを直視し考えていく他に私たちに術はありません。
悲しみに沈殿しているだけでは、前に進めません。
立ち上がり、どんなに困難でも復興への道を一歩一歩力を合わせて歩んでいくしかないのです。
震災直後、中国、韓国の隣人達が救援のためいち早く駆けつけてくれました。
アメリカ軍は三陸沖に空母を派遣し、ヘリポートの基地を提供し、ロシアは天然ガスの供給を提示しきてくれました。窮状を抱えるニュージーランドからも優しい善意の手が差し伸べられています。北朝鮮の金主席からはお見舞いの声明が出されたといいます。世界の数多くの国から多くの救援が来ています。
救援物資が届かず、避難所で過酷な避難生活を強いられている被災者の方々の苦労を思うと身が引きちぎられる思いですが、日本中、世界中が同じ地球に住む、地球人として、心を一つにして歩んでいけば、必ずいつの日か笑顔を取り戻すことができると信じています。
止まない雨がないように、明けない夜はありません。
愛と思いやりそしてみんなの努力で必ず復興できる日が来ます。
世界中の人々が胸を痛め、救援の手を差し伸べています。

今日ニュースで聞いたボランティアの方の言葉が印象的でした。
「被災者の皆さん、決して頑張って下さいとは言いません。しかし、私たちに甘えてください」

不安で胸が押しつぶされ眠れぬ夜を過ごしていらっしゃると思います。
被災された方々の苦しみをすべてわかることはできませんが、
どうか信じてください。
私たちは共にここにいます。

今週から、今の業務を離れ、被災地の対応業務のサポートを行って欲しいと上司からお話を頂きました。
義捐金の他に何か私にもできることがないかと考えていたので、大したスキルがあるわけではありませんが、微力ながら被災地の方々の為にお役に立てるよう一生懸命働きたいと思っています。
by Ricophoo | 2011-03-22 00:18 | その他 | Trackback | Comments(4)

かっこよすぎる海女

少し前、「美しすぎる海女さん」というのが週刊誌やテレビで話題になっていました。
しかし、ここで紹介するのは、「美しすぎる海女さん」ではなく、私の心に強烈な印象を残した一人の「かっこよすぎる海女さん」のお話です。

海女さんというのは、ご存知の通り、素もぐりというきわめて原始的な方法で、海底に潜む鮑やサザエなど海産物を採取する仕事を行う女性のことです。
この潜水作業は、今から2千年以上も昔から同じ方法で続けられているというのですから驚きです。

沖に出て20キロの重りをつけて冷たい深海に何度も潜り、1日何十キロもの鮑やサザエを獲るのは、女性の仕事としては想像を絶する過酷なものだと思われます。

この仕事を天職だとばかり15歳から実に63年間も、この海女という仕事に従事してきた「村一番の海女」中村とみさんが、長年潜り続けた三重県志摩、越賀の海でその78年の生涯を閉じました。

8月26日の朝日新聞「五線譜」に山吉健太郎さんが書いた記事です。

越賀は、志摩半島の先にある漁村。
戦後の最盛期には166人もいた海女は、今は30人ほどしかいない。
とみさんは夫の源司さんと2人だけで漁に出る「舟人(ふなど)」」の最後の一人だった。
とみさんは鮑やイセエビの漁場を覚える名人だ。一日で70キロの鮑をとったこともある。
世話になった人には鮑やサザエを気前よく配った。男もかなわないほどの酒豪で飲むほどに明るくなった。
「海で死ねたら本望だ」が口癖だった。
その日も普段どおり20キロの重りを抱えて深い海に潜った。
船上の源司さんに命綱を引き上げるよう合図が来た。
だが、海面に浮かんだ時に意識はなかった。急性心不全だった。
海女仲間はみんな駆けつけた。まるでうたた寝をしているような、静かな表情だった。
ただ、口はしっかり結ばれ、海水を一滴も飲んでいなかった。
「引き上げるのが遅くて、溺れさせてしまった」と源司さんが悔やむことがないよう、最後も気遣ったのだろうか。海女さんたちは「とみさんらしい」といい、その死を惜しんでいる。

とみさんは、歴史に名を残すような仕事をしたわけではありません。
テレビに取上げられ、ちやほやされるような仕事をしていたわけでもありません。
数万人の観客の中で、拍手喝采を浴びるような仕事をしていたわけでもありません。

三重県、志摩半島の先にある小さな田舎の漁村。
海女という、道を若くして選び、来る日も来る日も深い海に潜り、生活の糧を得、「海で死ねたら本望だ」という言葉通り、海女という仕事を全うして、人生を終えられた中村とみさん。
記事を読み終えた後に、羨ましい気持でいっぱいになりました。

自分の身一つで家族の生活を支え、「ここで死ねたら本望だ」と言えるような一生涯を捧げる仕事を持ち
そして本当に自らが望んだ場所で天寿をまっとうできる人間が、この世の中にどれだけいるのでしょうか?

最後の瞬間まで、中村とみさんは海女でした。

大臣だとか、社長だとか、、セレブだとか、そんな社会通念上の肩書きなどは、とみさんの前では、なんとも軽いものに感じます。

「村一番の海女」中村とみさんに与えられた最高の称号です。

とみさん、あなたは、最高にかっこよすぎる海女でした。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。
by Ricophoo | 2010-09-11 00:05 | その他 | Trackback | Comments(1)

理由なんていらない

残侠二人旅
この映像の時代背景になぜかサングラス。
しかし、そんな細かいことなんてどうでもいいんだよ。
だって、志賀 勝なんだから。


今振り返っても、なにがきっかけで私が「志賀 勝」を検索したのか思い出せない。
気がついたら、全てが「志賀 勝」だった。


三日三晩「志賀 勝」が私の頭の深い部分に
ドスを携え、タバコをふかし、鋭い眼光で周りを制圧しながら、居座り続けていた。

これぞまさしく「志賀勝の世界」だ。


こわいよ、怖すぎる。

目が合っただけで、足腰立たないくらい殴られそうだ・・・
殺されるだけならいいけど、臓器を取り出され
どこか知らない国に二束三文の値で売り飛ばされてしまいそう・・・

考えただけで奥歯がガタガタ言ってしまう。

志賀 勝の出演作品リストを見たらヤクザ映画と思われるものが大半を占める。
「昭和残侠伝 血染めの唐獅子」とか「兄弟仁義関東命知らず」なんて凄みのあるものから
「仁義なき戦い」や「子連れ狼」などのメジャー作品、
最近では「借王」シリーズにも出演している。

他にも「横紙破りの前科者」「懲役三兄弟」「ごろつき部隊」「極悪坊主 念仏三段斬り」「関東テキヤ一家天王寺の決斗」「現代やくざ 血桜三兄弟」「日本暴力列島 京阪神殺しの軍団」「ピラニア軍団ダボシャツの天」・・・等など。

タイトルの数々は、なんとも言えず恐ろしいものばかりなのだが、
見ているとなんか笑ってしまうのは何故だろう?

極道シリーズは人気が高いのか
ずいぶん連作になっているようだ。

極道
帰ってきた極道
兵隊極道
待っていた極道
旅に出た極道
極道兇状旅
極道vsまむし
極道社長

(極道シリーズ!帰ってきたまではよくあるパターンだが、兵隊行っちゃったり、旅に出ちゃったり、待っていたり、社長になっちゃったり・・・見たことないけど、ムーミン谷とかドリトル先生のような童話の世界を彷彿とさせる、ロマン溢れるシリーズだ)

志賀 勝、やくざを演じさせたら(演じなくても)日本一の役者だ。
しびれるよ、志賀のおじき。

でも何で今頃「志賀 勝」なんだ?

いいんだよ。
理由なんていらない。

by Ricophoo | 2010-08-24 22:53 | その他 | Trackback | Comments(2)

我が家のオーパーツ

オーパーツとは"Out Of Place Artifacts"の略で、日本語では「場違いな遺物」と訳されている言葉だ。

発掘された遺跡や遺物が、その当時では考えられないほど高度な技術が使ってあるものや
ありえない物、又は、近代において発見された知識が、何百年も前の遺物に書かれていたものなどを指す。有名なところでは、水晶のドクロとか、ナスカの地上絵、コスタリカの球石とか、バクダットの古代の電池とか・・・いわゆる、「どう考えても、ありえないもの」「そこにあるはずのないもの」「つじつまが合わないもの」がこの世に存在する・・・そんな不思議な事物を、我々はオーパーツと呼んでいる。

今日、玄関のたたきを雑巾で拭いていた。
その時、私が目にしたものは、一本の陰毛だった。
「なにゆえ、玄関に陰毛が・・・?」

近くを通りかかった息子に
「玄関に陰毛が落ちてた。」と言うと

息子は落ち着いた口調で「そりゃあ、洋服や靴についていたりしたものが、何かのはずみで落ちることもあるだろう」と言った。

そうだ、陰毛は、なぜかいかなる場所にも落ちているものだ。
ありきたりな、抜け毛と共に、絶対数の少ない陰毛が、あんな場所や、こんな場所、まさかそんな場所にまで・・・
我々は、それを「陰毛の不思議」と呼んでいる。

息子は静かな声で続けた。
「一ヶ月くらい前、部屋の電球が切れたので、電球を替えようと、天井にぴたりとくっついている照明器具を外したら、照明器具の中から一本の陰毛が出てきた。オレにはその陰毛がいったい、いつ何処から来たものかが判らず、未だに悩み続けているのだ」と言った。

「そこにあるはずのないもの」
それは、まさしくオーパーツだ。

息子は家の中に「小さなおじさん」が存在し、その「小さなおじさん」の仕業だと信じて疑わない。

ミステリーとメルヘンのせめぎ合い。
科学では計り知れない事実が、この世の中には存在するということか。
by Ricophoo | 2010-05-05 01:03 | その他 | Trackback | Comments(2)

汚い話ですみません

体の形や、体の部分を使って現す褒め言葉がある。
「恰幅が良い」「頭が切れる」「腰が低い」「頭が柔らかい」・・・・等々
それぞれ、度量が広いとか包容力があるとか、頭の回転が速いとか、謙虚だとか、柔軟な発想を持っているとか・・・
総じて人を褒める時に用いる意味の言葉だ。
その逆に「頭が鈍い」「腰が高い」「頭が固い」となると人をけなす、相反する意味を持つ。
人から「あなたは頭が鈍いね」と言われるより、「頭が切れる人」と言われた方が気持いいし、「頭が固い融通の利かない頑固者」と言われるより「頭が柔らかくて自由な考え方ができる人」と言われた方が嬉しいに決まっている。

では、「ケツの穴」はどうだろう?

一般的に、度量の狭いヤツのことを、「ケツの穴の小さい奴」と呼ぶ。

そんなことを言われた日には、腹が立って、路上に大きな巻きク○たれてやりたくなるところだ。
でも反対に「ケツの穴が大きい」と言われたら、果たして嬉しいだろうか?

今日は一日中、そんな事ばかり考えていた。

「いや~、貴方はケツの穴の大きな立派な方ですね!」って言われてもなあ。

世の中には、いろいろ他に考えなければならないことがたくさんあるのに、オマエは一体何を考えているのだ!もっと役に立つことを考えろ!って・・・そんな、ケツの穴の小さいこというたらあきまへん。
by Ricophoo | 2009-07-24 23:29 | その他 | Trackback | Comments(6)
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