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半蔵門の三青年と麹町の釣り小僧

懸賞 2016年 04月 17日 懸賞

f0036354_8553477.jpg今年も桜の季節が終わった。
皇居、国立劇場、神田川沿い、千鳥ヶ淵、靖国神社、四ツ谷、呑川、多摩川…毎年都内を縦横無尽に走りながら、桜の名所と言われる場所のたくさんの桜を観ることができた。
桜を見ながらスマホで写真を撮った。撮った写真を見返していると毎年同じ桜を必ずと言っていいほど同じアングルから撮っている。心の動きや行動パターンが毎年悲しいほど変わらないということか。そんなことを思いつつも、きっと来年も同じ桜を同じように撮った写真がスマホの中に収められるに違いない。

そして今年も相変わらずの定点観測。桜をバックに半蔵門公園の三青年である。
思えばかわいそうな三青年だ。半蔵門に集う鳩の群れに完全にバカにされている。
鳩たちは彼らの頭上に止まり、これでもかというほどフンを垂れ流す。彼らの顔や背中には幾重にも浴びせられた筋状の鳩のフン。耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、懸命に裸で堪えている姿には華やかな桜の陰に涙を誘う。憐れ半蔵門の三青年。

しかし彼らの悲しみは鳩のフンだけにはとどまらない。
世間では格差社会と言われて久しいが、じつは銅像の世界にも確実に格差社会は存在するのだ。

麹町の地下鉄の入り口に「夏の思い出」という小さな少年の銅像がある。
麹町の釣り小僧だ。
なぜ格差社会というのかというと、半蔵門の三青年が一年を通じて鳩フンの被害を受けながらもガチ全裸で過ごしているの対しこの釣り小僧はチョッキとズボンをを着ているにも関わらず、そのまた上に洋服を着用しているのである。それはもう重ね着とかの範疇を超えている。

f0036354_983712.jpg或る時は洒落たデニムのボトムと手拭をアレンジした小粋なシャツで普段使いのコーディネート。












f0036354_99897.jpgハロウィンの頃には仮装よろしくハロウィン仕様の衣装を身に纏い、木枯らし吹く寒い季節には手編みのウールのベスト。(マフラーを巻いている時もある。)お祭りシーズンには鯔背な半纏姿、









f0036354_9104825.jpgこれは花笠祭の頃だろうか?帽子の上に花笠まで被せる念の入れようだ。








f0036354_9113094.jpg
春と秋の火災予防週間の頃になると決まって消防服姿に変身する。とにかく釣り小僧は衣装持ちである。何度も言うようだが釣り小僧は服を着ているのにである。

日本人は遠い昔からお地蔵さまに笠を被せたり、前掛けを着せたりしてきた。
寒くて可愛そう。という優しさからくる発想なのだろう。しかしなんだかなあ。こういう街中のオブジェって芸術作品なわけで。作者の意図や芸術性を無視してるよな・・・。


f0036354_9121499.jpg数年前釣り小僧の前に「いたずらしないでね」っていう張り紙が貼ってあったけど、どちらが「いたずら」なんだか。

格差是正!半蔵門の三青年にも洋服とは言わないまでも鳩よけの傘でも持たせてあげたいものだが。

by Ricophoo | 2016-04-17 09:17 |

上高地で まったりキャンプ

懸賞 2013年 08月 16日 懸賞

f0036354_23514844.jpg8月11日、都心の暑さから逃げる様に仲間と上高地へ2泊3日のキャンプに行ってきました。
今回の旅の目的は、とにかく灼熱の東京砂漠を脱出!
無理せずのんびり究極のゆるゆるキャンプを行うこと




8:30新宿発(あずさ9号)
12:44松本着(改札を出ずにそのまま7番ホームへ行き上高地線に乗り換えます)
13:14新島々着(新島々から上高地行きのバスに乗り換えます)
14:35上高地到着(上高地までのバス所要時間は約1時間5分)
14:45上高地バスターミナルで食事(岩魚の塩焼き定食 最高に美味しかった)
15:30小梨平キャンプ場へ到着
受付を済ませた後テントの設営。
ビールでまったり。
河童橋、大正池等を散策。
お風呂(なんと小梨平キャンプ場には、綺麗なお風呂があるんです!しかもシャンプーリンス、ボディソープ完備)
入浴後は簡単なごはんを作ったり、ワインを飲んだり、星空を眺めたりして
1日目の夜は過ぎていきました。

f0036354_23534072.jpg2日目も朝からピーカン、雲ひとつないいいお天気でした!
キャンプ場を拠点に横尾や涸沢、槍ヶ岳(と言っても急な登山道のかなり手前までなので誤解なきように)明神池などを走ったり、歩いたり、写真を撮ったり、お花を眺めたりしました。(猿も見ました)


嘉門次小屋で岩魚の甘露煮のおそばを食べました。(美味しかった!)
キャンプ場へ戻りお風呂で汗を流した後、小梨食堂で生ビールを飲みました。
岳沢から穂高連峰まで見渡せる最高のロケーション、そして梓川の川のせせらぎを聞きながら飲むビールは最高です!



f0036354_0171582.jpgこの日も夜は星空観察。
なんと今年は8月12日未明から13日にかけてがペルセウス座流星群のピークだったそうです。
偶然とは言え、2日間、見たこともないくらいの満天の星空と見たこともないほど沢山の流れ星を見ることができました。

3日目は朝6時頃起きて、簡単な食事をとり、のんびりテント撤収。
ビジターセンターで時間をつぶした後、バスターミナルへ。

10:10上高地発
11:15新島々着
11:30上高地線 新島々発
12:00松本着

f0036354_23544947.jpg帰りの電車が夕方なので、無料のレンタサイクルを借りて、松本市内を観光。
松本城、開智小学校、松本市美術館など松本の街をぐるぐる自転車に乗ってのんびり見て回りました。





f0036354_0181016.jpg「のまど」という陶器のお店に立ち寄って、穂高連峰を描いた素敵な ぐい飲みの焼物を、買いました。
思い出の品としていい記念になります。





上高地は昼間の気温は日なただと、松本市内とさほど変わらないほど暑くなりましたが、一旦日陰に入れば涼しく夢の楽園のようでした。しかし夜になると急に冷え込んで、ダウンジャケットを着ないと眠れないほど寒かったです。

お天気にも恵まれた最高の3日間。大自然の懐に抱かれ、爽やかな木立の中、心も体もリフレッシュできました。

by Ricophoo | 2013-08-16 23:48 |

Echika fit永田町

懸賞 2013年 08月 08日 懸賞

f0036354_22394235.jpg今日は昭和88年8月8日(昭和が続いていれば)末広がりのおめでたい日です。
そして今日 Echika fit永田町が東京メトロ永田町駅の駅ナカにオープンしました。
永田町駅は有楽町線、半蔵門線、南北線が接続していて、また銀座線、丸の内線の赤坂見附の駅とも繋がっている一日に11万1千人もの乗降客があるターミナル駅です。
私も気が向いたら時々通勤で利用しています。
Echikafitは上野、東京、銀座に続き永田町で4箇所目になります。
永田町といえば国会議事堂や最高裁判所。人の流れはまずまずあるのですが、いかんせん飲食店が少ない。国立劇場や国立演芸場で芝居や寄席帰りのお客さんを見込んだのか、飲食店ばかり7店舗がオープンしました。。

f0036354_2250948.jpgオープン当日午後17時過ぎ、なかなかの盛況です。

うどん専門店「つるとんたん」、「ごく旨肉そば 日の陣」、「CAFE&BAR T-Crossing」、和食店「「和 いち膳」、洋食店「グリル鉄板ラッシュ!」、おむすび専門店「一等米 手むすびむすび」、カレー店「カレーショップC&C」、クリームパン専門店「八天堂」からなっていて、フードコートのように、お店で注文して料金を前払い、ポケベルがなったら料理を取りに行き、好きなテーブルで自由に食べることが出来ます。
座席の約8割にコンセントが設置されていてスマホやタブレット、ノートパソコンユーザーには嬉しいところ。







f0036354_2250571.jpgオープンを記念して500円以上の会計でミント味のタブレットがはいった「Echikaちゃんオリジナル缶」をもらえます。
私は「グリル鉄板ラッシュ!」でサーロインステーキのセット(1080円)を食べました。
これから会社帰りに、寄席帰りに永田町の駅をついつい利用することが多くなりそうです。

by Ricophoo | 2013-08-08 22:53 |

江戸・東京御朱印巡り【その6】

懸賞 2013年 03月 30日 懸賞

f0036354_1544217.jpg最終日 5日目に巡ったのは
①済海寺→②増上寺→③瀧泉寺→④観音寺です。

①済海寺(第26番札所)港区三田4-16-23
本尊は亀塚正観世音菩薩
済海寺は1621年の創建で初めは寺内に亀塚があったことから亀塚山(きちょうさん)と称していたそうです。本尊の亀塚正観世音菩薩は亀の上に立つ珍しい観音様です。
また、済海寺は更級日記に記されている皇女と武蔵国の武士との恋愛物語「竹芝伝説」の「竹芝寺」の跡地に位置しているそうで、隣接している亀塚公園には円形古墳の亀塚があります。
江戸時代には海から上がる月が美しい「月の岬」と呼ばれる丘陵として有名だったそうです。
実は済海寺は一日目に訪ねたお寺ですが、その時は、ちょうどお寺で法事が行われていたために一旦、御朱印を諦めて再度訪ねることにしました。
法事の行われている時と、お昼時に訪ねるのは、お寺は大変忙しいため、御朱印を頂く時のマナーとして注意したい所です。

②増上寺(第21番札所)港区芝公園4-7-35
本尊は西向聖観世音菩薩
この御朱印巡りのスタート地点に再び舞い戻りました。
何しろ本格的な御朱印巡りは初めての経験で、お寺には複数の本尊があることもよく知りませんでした。御朱印所で御朱印帳を買い、御朱印をお願いすれば御朱印を頂ける。その程度の知識で始めたものですから、三十三観音巡りの一番最初に訪れた増上寺で「阿弥陀如来」の御朱印を頂いてしまうという大失態を犯してしまいました。
2番目に訪れた金地院のご住職に優しくご指摘を賜り、深く学びました。
そんな私達も既に32観音を巡り経験を積んできました。
もうヘマはしません。御朱印所では若いお坊さんに「観音様でお願いします」と慣れた口調でお伝えしました。
間違えることは悪いことではありません。間違えることによって正しいことを知ることができるのです。間違えることによって色々な経験を積むことができるのです。
一つ一つ経験を積むことによって、人間は成長することができるのです。
増上寺で、やっと念願の観音様の御朱印を頂くことができました。感謝!

③瀧泉寺(第33番札所)目黒区下目黒3-20-6
本尊は聖観世音菩薩
龍泉寺と言われてピンと来ない方もいらっしゃると思いますが、こちらは、ご存知「目黒不動尊」です。
日本三大不動(熊本の木原不動尊、千葉の成田不動尊)の一つ、この目黒不動は、関東最古の不動霊場として古くから江戸近郊におけるもっとも有名な参拝行楽の場所となっています。仁王門をくぐると正面に大本堂へ至る急な石段が見えます。左側に独鈷の滝(とっこのたき)、前不動、勢至堂など右側には地蔵堂、阿弥陀三尊を祀る阿弥陀堂などがあります。札所本尊の聖観世音菩薩は、千手観音、十一面観音と共に観音堂に祀られています。

④観音寺(第32番札所)世田谷区下馬4-9-4
本尊は聖観世音菩薩です。
通称「世田谷観音」として有名な住宅街の中に静かに溶け込んだお寺です。山門から参道を進むと右手にある阿弥陀堂、その向かいにある六角堂(不動堂)には国の重要文化財である「不動明王」と「八大童子」が奉安されています。
御朱印を頂く間に観音堂をお参りさせて頂きました。
お堂の中に入ると仏像が醸し出すオーラのようなものに弾き飛ばされそうになりました。
仏像に魂が宿るという言葉を聞いたことはありますが、確かに気配を感じます。
それは仏像が生きていると確信せざるを得ないような感覚でした。こんな経験は生まれて初めてです。
そのほか境内には、悪い夢を良い夢に変えてくれる「夢違観音」、太平洋戦争に命を捧げた特攻隊員を祀る平和観音尊像が奉蔵された「特攻観音」がありました。

とうとう昭和新選江戸三十三観音巡り結願成就致しました!

おかげさまで事故もなく、簡単な地図だけを頼りにしていたわりに迷いさまようこともなく無事全ての観音様を巡り御朱印を頂くことができました。
これも全ては観音様のご加護でしょうか?

そしてこの御朱印巡りを一緒に走ってくれた、お師匠と Iさんに心から感謝です。

2月16日から3月9日まで休日を利用しながらの実に5日間。
一日平均4~6時間、距離的には毎回20キロから25キロくらい走ったでしょうか。

寒風吹きすさぶ日もあれば、小春日和の暖かい日もありました。
頂いた御朱印の頁をめくると一つ一つ思い出が蘇ります。
一つ一つのお寺が違うように、御朱印はどれも個性溢れるものばかりです。
確かに御朱印を頂くときにお礼としてお金は払いますが、お金には代えられないプライスレスな何か尊いものを沢山頂いたような気がします。

実はこの三十三観音巡りをしようと思いついたのは、友人の家族の方がご病気になったと聞かされたのがきっかけでした。
久しぶりに会う友人は、いつもと変わらない笑顔で話をしてくれました。
私は返す言葉がありませんでした。口から発する言葉は、何かとてもむなしい物として宙に浮いてしまいそうで、励ます言葉さえ見つかりませんでした。

自分に何かできることなど何もないことなど判っています。
笑顔の素敵な友人が、本当にまた心からの笑顔で毎日を過ごすことができたら。

御朱印を頂く時にお参りをします。
その度に、友人の家族の方が早く良くなりますようにと祈りました。
そうしているうちに、自分の周りにいる全ての人たちの健康を祈るようになりました。
一日に何度もお寺を巡り神仏に手を合わせていると不思議と自分のことなど頭に浮かびません。

年を重ねると、年を重ねただけ大切なものが増えてきます。
それは家族であり、友人であり…自分にとってのかけがえのない大切な人たちです。

年を重ねると、自分の力ではどうにもならない事、見えないものの力の存在が少しずつ、わかってきます。
人間は弱いもの。そしてとてもはかない存在だということが、年を重ねるごとに身にしみてわかってきます。

そんな時、人は祈るのだと思います。
古の昔から、人々は地平線から昇る太陽に、高く聳え立つ山々に、暗い夜道を照らす月の光に祈りを捧げてきました。
大切な何かを守るため、見えないものの力に縋る思いで祈り続けるのです。

人間は年を取ったからというだけで、道端のお地蔵様やお稲荷さんに手を合わせるようになった訳ではないのです。

三十三観音巡りを終えて、今しみじみと愛と信仰について思いをめぐらせていますが
私が演歌を聴くようになった理由は未だ謎のままです。

by Ricophoo | 2013-03-30 00:58 |

江戸・東京御朱印巡り【その5】

懸賞 2013年 03月 23日 懸賞

f0036354_23363951.jpg4日目に巡ったのは
①金乗寺→②護国寺→③定泉寺→④浄心寺→⑤清林寺→⑥安養寺→⑦放生寺です。

①金乗寺(第14番札所)豊島区高田2-12-39
本尊は聖観世音菩薩
金乗寺は、渋谷から明治通りを目白方面へひたすら走り、都電荒川線学習院下駅を右折してすぐの所にあります。約200年前に建立されたと言われる立派な山門をくぐると、え?ここは前に来たことが…!と思ったら、ここは以前江戸五色不動を巡ったときの「目白不動」ではありませんか!
天正年間に本尊、観世音菩薩を勧請し観音堂を築いたのが草創とされていますが、第二次世界大戦で焼失した目白不動堂を合寺しているそうです。こうしたお不動様や阿弥陀様、観音様のなど様々な本尊を祀っている寺院も珍しくなく、御朱印を頂くときは、必ずどちらの御朱印をお願いするか、はっきり伝えなくてはなりません。

②護国寺(第13番札所)文京区大塚5-40-1
本尊は如意輪観世音菩薩
文京区と言えば護国寺。1681年徳川五代将軍綱吉公の生母、桂昌院の発願により創建された、増上寺と並ぶ徳川家とは、ゆかりの深いお寺です。
境内に入ると、丹塗りの仁王門、石段の中腹には中門(不老門)があります。
本堂に向って左側の月光殿は書院風建築の代表的な建物で安土桃山時代建立の建築美を今に伝えています。

③定泉寺(第9番札所)文京区本駒込1-7-12
本尊は十一面観世音菩薩
この辺りは寺院が多く、たどり着くまで少し迷いました。元は本郷弓町にあった「太田道灌の矢場跡」に建立され、江戸時代は「矢場の定泉寺」と言われていましたが明暦の大火により焼失し現在の地に移転したということです。その後東京大空襲で堂宇は焼失したそうですが、昭和27年本堂が再建され伊勢白子の悟真寺より札所観音仏である本尊をお迎えしたそうです。
山門を入って左手にある夢現地蔵尊はお参りをすると夢が叶うと言われているお地蔵様です。

④浄心寺(第10番札所)文京区向丘2-17-4
本尊は子育て桜観音こと十一面観世音菩薩です。
本郷通り沿いの大きな布袋様が目印の浄心寺。1612年湯島妻恋坂付近に創建されましたが江戸の大火により焼失し現在の場所に移転したそうです。
本堂には十一面観世音菩薩の他、阿弥陀三尊像、四天王像、虚空蔵菩薩像などが安置されています。また高さ1.5m重さ500キロの「日本一の巨大木魚」があることでも有名です。

⑤清林寺(第8番札所)文京区向丘2-35-3
本尊は聖観世音菩薩
1483年祐崇上人により建立された古いお寺です。東京大空襲で全堂宇を焼失しましたが、ご本尊阿弥陀如来は納骨堂の地下に安置していたため焼失を免れたそうです。札所本尊の聖観世音菩薩は庫裏の前にある小堂に安置されガラス越しに拝顔することができます。

⑥安養寺(第16番札所)新宿区神楽坂6-2
本尊は十一面観世音菩薩。 
安養寺は都営大江戸線牛込神楽坂駅から徒歩2分の賑やかな通り沿いにあります。
札所本尊の十一面観世音菩薩は歓喜天尊の本地仏として聖天堂に祀られており、別名「神楽坂聖天」と言われています。境内には緑に覆われた宝生弁財天(銭洗弁財天)があり、お堂右手前にある、文字を見るだけで清められそうな「洗心宝生水」でお金を洗うとご利益があるそうです。

⑦放生寺(ほうじょうじ)(第15番札所)新宿区西早稲田2-1-14
本尊は聖観世音菩薩 
放生寺は早稲田通りの馬場下町交差点、早稲田大学近く穴八幡の隣にあります。寛永18年威盛院権大僧都 良昌上人が高田八幡(穴八幡)の造営に尽力され、その別当寺として開創されたお寺だと言う事です。放生寺は陰極まって一陽が生ずる(悪いことの後には必ず良いことがあるという伝え)「一陽来福」のお守りでも広く知られていますが、融通・虫封じ観音と呼ばれる本尊も、融通(滞りなく通じる)ということで商売繁盛や人間関係を願う方々が多く参拝されているようです。また本堂正面の灯篭堂に祀られている、じんべんさんとも呼ばれる「神変大菩薩」は山野を駆け巡って修行をしたことから、足腰の弱い人たちを救済して下さる仏様とも伝えられています。


4日目のこの日は前日に鴻巣パンジーマラソンに参加したため、疲れもたまっているので比較的近くに点在している7箇所で無理せず軽めに終了しました。

ここまで番外の海雲寺を含め32箇所を巡りました。
残すところあと2箇所!と言いたいところですが、実は正式にはあと3箇所です。というのも実は一番初めに訪れた増上寺で、私達は観音様ではなく阿弥陀様の御朱印をもらっていたのです。増上寺の次に訪れた金地院の親切なご住職に、優しく教えて頂きその間違いに気がつきました。なので再度増上寺で観音様の御朱印を頂かなければ結願することができません。

残り3箇所、いよいよ佳境、大詰めです。

ひとつひとつ訪ね歩いた(走った)お寺の思い出が走馬灯のように蘇り感極まってきます。
32頁の個性あふれる御朱印を一つ一つ眺めるたび「結願成就」に向けて気が引き締まる思いでいっぱいです。

今回のベスト御朱印大賞に輝いたのは満場一致で「護国寺」さんに決定です。

by Ricophoo | 2013-03-23 23:29 |

江戸・東京御朱印巡り【その4】

懸賞 2013年 03月 21日 懸賞

f0036354_23434122.jpg3日目に巡ったのは

①東圓寺→②宝福寺→③真成寺→④梅窓院→⑤長谷寺です。








①東円寺(第19番札所)杉並区和田2-18-3
本尊は聖観世音菩薩
東円寺は、渋谷からだと代々木公園を抜けて井の頭通り、環七を通って、音楽の甲子園と称される、かの有名な普門館近くにありました。
長く続く急坂を上り、瓦葺にコンクリート造りの立派な四脚門をくぐると昭和7年に改築された大きな本堂があります。札所本尊は昭和41年に再建された観音堂に安置されています。

②宝福寺(第17番札所)中野区南台3-43-2
本尊は如意輪観世音菩薩
諸国を巡っていた聖徳太子がこの地を霊地として堂を建立し如意輪観音を安置したのが始まりといわれているお寺です。多くの如意輪観音は六臀ですがこちらの観音様は一面二臀の珍しいお姿をしています。たくさんの緑に囲まれた静かな境内です。

③真成寺(第18番札所)新宿区若葉2-7-8
本尊は潮干十一面観世音菩薩
新宿通りを四谷方面へ。途中左折して路地に入ると、都会の喧騒が嘘のような静かな住宅街が広がり、その中に溶け込むように本当に沢山の寺院が点在しています。
往昔、真成院の近辺は海が近く、観音様の台石が潮の干満により常に濡れていた為、潮干観音の名前の由来になっているそうです。

④梅窓院(第24番札所)港区南青山2-26-38
本尊は泰平観世音菩薩です。
青山通り沿い、外苑前駅の近くの竹林に思わず目を見張ったことがある方もいらっしゃるかと思います。以前息子が肺気胸になった時、お世話になったクリニックの近くにあると言うこともあり、私にとっては馴染みのあるお寺です。竹林の参道を抜けるとそこは静寂が広がる別世界。近未来的なフォルムの建物が本堂です。徳川家康公の家臣だった御開基老中青山大蔵少輔幸成公を初めとした歴代十三代が眠る青山家の菩提寺となっています。本堂一階に祀られている泰平観世音菩薩は世界平和を求願する霊像として祈願されている「青山の観音様」です。

⑤長谷寺(ちょうこくじ)(第22番札所)港区西麻布2-21-34
本尊は十一面観世音菩薩
青山通り表参道から、みゆき通り直進、ちょうど青山の根津美術館の裏手に長谷寺はありました。東京に住んで○十年。南青山、西麻布に囲まれた、このオシャレな都会の真ん中にこんなに広い境内を持つ大きなお寺があったことを今まで知りませんでした。
広大で静かな境内は凛とした空気感が漂い、心やすらぐ空間が肌に感じられます。お堂には高さ三尺三寸(約10m)の木造としては国内最大級の大観音様が安置されていて、その大きさと観音様の放つオーラには圧倒されました。とにかく感動しました。
日本百観音霊場(西国、坂東、秩父)の土を地中に納めてあるので、ここの観音様をお参りすると百観音を参拝した功徳があるとされています。

この日は、少し外側の杉並、中野から攻めて都心に向けて走りました。
なので距離的にはずいぶん走った感じですが、巡ったお寺は5箇所でした。

御朱印巡りをしながら思うことは、自分が想像していた以上に東京にはお寺や神社が、沢山あるなということです。コンビニの数より遥かに多いような気がします。
現代人には、なかなか縁のないお寺や神社も、大昔からその土地にあったということは、その土地にお寺や神社が深く根付いていて、そこで生活する人たちの信仰として、また心のより所として溶け込んでいたのでしょう。
お寺というと暗いイメージや敷居の高いイメージで、なかなか気楽に入っていけない壁のようなものを感じますが、もしかしたら、お寺というものは本来は、もっと気軽に仏像に手を合わせ、和尚様に悩み事を相談したり、人々の憩いの場として自由に出入りができる空間であるべき所なのかも知れません。

孤独や先行きの見えない漠然とした不安や悩みの多い現代にこそ、お寺はもっと開かれた場所として存在するべきだと思います。悩める人や貧困に苦しむ人のため気軽に手を差し伸べ、心に安寧を持てる言葉を、一人ひとりに優しく授けてくれるようなそんな場所であってほしいものです。

本当は、宗教とか信仰というのは、単純に考えれば、実際そういうシンプルなものであるはずなのですが。

写真は、梅窓院の参道で迎えてくれる、ちいさな可愛い道祖神です。その愛くるしい姿に思わず微笑んでしまいます。

by Ricophoo | 2013-03-21 23:42 |

江戸・東京御朱印巡り 【その3】

懸賞 2013年 03月 17日 懸賞

f0036354_22395333.jpg2日目に巡ったのは
①清水堂→②清水寺→③浅草寺→④回向院→⑤大観音寺→⑥大安楽寺→⑦心城院→⑧傳通院→⑨圓乗寺→⑩大圓寺です。

①清水観音堂(第6番札所)台東区上野公園1-29
上野公園内にある清水観音堂は寛永寺の一部で京都東山の清水寺を模した舞台造りのお堂です。本尊は恵心僧都(えしんそうず)作の千手観音像を迎え秘仏として祀られています。
境内には人形供養碑があり、毎年9月25日に行われる人形供養でも有名なお寺です。

②清水寺(せいすいじ)(第2番札所)台東区松が谷2-25-10
かっぱ橋道具街通り沿いにあるモダンで近代的なお寺です。本尊の千手千眼観世音菩薩は台東区有形文化財に指定されています。

③浅草寺(第1番札所)台東区浅草2-3-1
観音様と言えば浅草寺。多分、日本で一番有名なお寺と言ってもいいかと思います。
本尊は隅田川で漁をしていた檜前浜成・竹成兄弟の網にかかったもので、645年勝海上人が観音堂を建立し夢告により秘仏に定めたと言われている聖観世音菩薩です。

④回向院(第4番札所)墨田区両国2-8-10
本尊は馬頭観世音菩薩です。有縁・無縁、また人や動物に関わらず生ある総ての者への仏の慈悲を説くものという理念でこの回向院にはあらゆる生命が眠っています。
境内には、病気の主人に恩返しをしようとして殺された実在した猫を供養した猫塚があり、唐犬八之塚や軍用犬軍馬慰霊の碑、オットセイ供養塔など様々な動物の慰霊碑があります。歴代の相撲年寄りの慰霊の為に建立した力塚、ねずみ小僧次郎吉のお墓があることでも有名です。

⑤大観音寺(第3番札所)中央区日本橋人形町1-18-9
本尊は聖観世音菩薩 北条政子が鎌倉に新清水寺を創建し鉄観音像を本尊として祀られていましたが、火災により本尊は井戸の中に安置されました。その鎌倉の鉄ノ井から発見された鉄観音像を大観音寺で本尊として祀っています。

⑥大安楽寺(第5番札所)中央区日本橋小伝馬町3-5
本尊は十一面観世音菩薩 この大安楽寺は、高野山から東京に出て五大山不動院の住職となった山科俊海大僧正が、江戸伝馬町の牢屋敷処刑場跡であったこの地に霊がさまよえるのを感じて慰霊のため明治八年に建立されたということです。境内には江戸八臀弁財天も祀られています。

⑦心城院(第7番札所)文京区湯島3-32-4
本尊は十一面観世音菩薩 心城院は湯島天神男坂の登り口にある小さなお寺です。境内には江戸名水のひとつ「柳の井」があります。この水で女性の髪を洗えば美髪になれるという言い伝えがあるそうです。またこの井戸は関東大震災の時湯島天神境内に非難したたくさんの人の命を救った水だということです。聖天様(絶対秘仏)も祀られていることから「湯島聖天」とも称されています。走って巡っていると伝えると、「気をつけて」と若いご住職に節分の豆を頂きました。

⑧傳通院(第12番札所)文京区小石川3-14-6
本尊は無量観世音菩薩 徳川家康公の生母於大の方が逝去された際、菩提寺と定められ、於大の方の法名が寺名になりました。第二次世界大戦の空襲により焼失し、2012年3月4日、実に67年ぶりに再建されたといわれる山門は鮮やかな朱色で豪華絢爛、目をみはるほどの素晴らしさです。

⑨圓乗寺(第11番札所)文京区白山1-34-6
本尊は聖観世音菩薩 1620年に創建された天台宗のお寺です。境内には「八百屋お七」のお墓と地蔵尊が安置されています。お寺の近くに「お七坂」と呼ばれる急坂があります。山門がなく石柱だけなので少し判りづらいです。

⑩大圓寺(第23番札所)文京区向丘1-11-3
本尊は聖観世音菩薩 都会の喧騒にありながら、一歩路地を入るとそこは静寂の広がる心やすらぐ境内がありました。本尊は聖観世音菩薩ですが、御朱印に「七観音」とあるのは昭和初頭、当時の住職が観音様のご加護で難病を克服しそのお礼に七体の観音様を建立したためといわれています。また八百屋お七を供養する「ほうろく地蔵」はお七の罪業を救うため自ら焦熱の苦しみを受けたお地蔵様とされ、頭痛や悩み事があるとき焙烙を備え祈願すると願い事が叶うといわれています。

昨日までの強い風は収まったものの、この日は曇り空で日差しかなかったせいか、空気が芯から冷えている感じで、体感的には昨日よりかなり気温が低く感じました。
お師匠は後半は自分のテリトリー内ということもあって、もう3箇所くらい巡りたかったようですが、私は、疲れとこの寒さでギブアップ。10箇所で終わりとさせて頂きました。

この日のベスト御朱印大賞に輝いたのは、清水堂、回向院と最後まで争った結果
僅差で、やはり浅草寺でしょうか?

by Ricophoo | 2013-03-17 22:40 |

江戸・東京御朱印巡り 【その2】

懸賞 2013年 03月 16日 懸賞

f0036354_2342312.jpg1日目に巡ったのは

①増上寺→②金地院→③天徳寺→④魚藍寺→⑤道往寺→⑥高野山東京別院→⑦一心寺→⑧品川寺→⑨海雲寺です。

①増上寺(第21番札所)港区芝公園4-7-35
いわずと知れた徳川家の菩提寺、本尊は西向聖観世音菩薩で子育て招福のご利益があるといわれている観音様です。延々と境内に並ぶ千躰子育地蔵尊は圧巻です。


②金地院(第28番札所)港区芝公園3-5-4
本尊、本堂は昭和20年の東京大空襲に全て焼失して昭和32年に再建されましたが、その焼け跡に東京タワーが建てられたというくらい本来は広大な敷地を持つ金地院。和尚様のお人柄も御朱印の文字も全てが素晴らしかったです。本尊は聖観世音菩薩

③天徳寺(第20番札所)港区虎ノ門3-13-6
本尊は聖観世音菩薩 境内にある梵鐘は江戸期のもので都内最古のものだそうです。

④魚藍寺(第25番札所)港区三田4-8-34
本尊は魚藍観世音菩薩です。 竹かごに魚を入れて売り歩く美しい乙女の姿の観音様はとても珍しい仏像なのだとか。境内には塩をお供えする「塩地蔵」もあります。

⑤道往寺(第27番札所)港区高輪2-16-13
本尊は聖・千手観世音菩薩 創建は1661年ですが、高輪というオシャレな土地柄か現在はお寺とは思えないようなシンプルモダンで近未来的な建物でした。

⑥高野山東京別院(第29番札所)港区高輪3-15-18
本尊は聖観世音菩薩 弘法大師の石標のある山門。広々とした境内には大きな本堂があり、静寂の中、ここが都会の真ん中ということをつい忘れてしまいそうでした。

⑦一心寺(第30番札所)品川区北品川2-4-18
本尊は聖観世音菩薩 1854年大老井伊直弼により開山され町民達により建立されたと伝えられています。注意していないと見落としてしまいそうな小さなお寺です。成田山分身の不動明王も安置されており品川成田山と称されています。犬好きで話好きなちょっとユニークな和尚様が印象的でした。

⑧品川寺(第31番札所)品川区南品川3-5-17
本尊は水月観世音菩薩 開創は806年、旧東海道に面した品川でもっとも古いお寺です。品川区指定天然記念物の大きなイチョウの木は樹齢600年だそうです。

⑨海雲寺(番外)品川区南品川3-5-21
本尊は十一面観世音菩薩 境内のトイレには不浄よけの神様といわれる鳥琵沙摩明王(うすさまみょうおう)が祀られている他、千躰荒神王(かまど(台所)の神)、平蔵地蔵、力石なども安置されています。


一日目は、風が強く気温も低かったのですが、日差しが強く日なたを選んで走るととても暖かく感じられ、そのおかげで、ずいぶんたくさんのお寺を巡ることができました。上々な滑り出し。幸先のいいスタートです!
写真は金地院の御朱印です。素晴らしい文字に心洗われるほど感動しました。

by Ricophoo | 2013-03-16 23:04 |

江戸・東京 御朱印巡り 【その1】

懸賞 2013年 03月 16日 懸賞

f0036354_21313953.jpg子供の頃、自分だけは年を取っても演歌など死んでも聞かないだろうと思っていました。
そんな私が、見たい番組がないとNHK歌謡コンサートやテレ東の木曜八時のコンサートにチャンネルを変え、大川栄作の歌声に心震わせ、八代亜紀の歌に涙するようになってしまいました。既に木曜八時のコンサートを「木八」と呼んでいる時点でアウトです。
それと同じように、神社仏閣に手を合わせるなんてことは年寄りのすることだと思っておりました。
そんな私が旅先で道祖神を、街角でお稲荷さんやお地蔵様を見つける度、ついつい手を合わせて拝んでしまい、七福神と聞いただけで、そのご利益を思い心躍らせてしまいます。
かつてのオリーブ少女、ロッキン少女も50年経てば演歌にお地蔵様かと笑うなかれ。
歴史は繰り返されるのです。

昨年伊勢神宮にお参りをした際、内宮、外宮、別宮など5箇所を周り御朱印を頂きました。
御朱印を頂くことで、ただ参拝するだけでは得られない、一つ一つの神社の歴史を学び、参拝することの意味や重みを感じることができました。
また御朱印を頂いた時の凛とした空気感と心が穏やかになっていく感じが今でも忘れられません。

そんな折、職場近くの本屋さんで「江戸・東京 御朱印を求めて歩く 礼所めぐりガイドブック」という本に出会いました。
12月に行った「江戸五色不動」はもちろん「江戸六地蔵」「江戸六阿弥陀仏」「浅草名所七福神」「江戸三十三観音」など全ての寺社が写真付、歴史や所在地も詳しく書かれ、そのルートマップまでもが詳細に載っています。

御朱印というのは本来参拝した際、お経を書き写したものをお寺に納めると、奉拝・俗称の墨蹟と朱印、そこに奉られている本尊名、印や寺号(山号)寺院の印などをいただけると言うものです。最近では納経せず御朱印のみを頂くというのが主流になってきたようです。

御朱印巡りを簡単に(不謹慎に)説明すれば、そのお寺や神社をお参りした印として頂く言わばスタンプラリーのようなものです。

御朱印は一つ一つの神社やお寺によってそれぞれ異なります。また書いてくださる方の文字にも個性や魅力があり、見ているだけでも心が洗われるような気分になります。

東京には寺社が多く比較的近くにそれぞれのお寺が点在しているので、ルートを考えながらだと意外と短期間で様々なコースを巡ることができます。

で、今回はいきなり「江戸三十三観音」巡りをすることにしました。
しかも走って全てを周るとなると旅のお供は、やはり久々登場、まさん(お師匠)と、まさんの会社のIさんです。


「江戸三十三観音」巡りの初めに訪ねるお寺に選んだのは、東京で1、2を争う大きなお寺、徳川家の菩提寺として有名な増上寺です。
増上寺は「西向観音」が祀られている21番札所になります。
本来なら1番札所から順に回って行くのが正当なのでしょうが、マップを見て回りやすい場所を選びながら巡ることにしました。

御朱印めぐりを行うに当って、まずは御朱印帳を手に入れなければなりません。
御朱印帳は大きな神社やお寺の、お札やお守りを販売している所で買い求めます。

御朱印の頂き方として、まずは一礼して三門をくぐり、ご本尊の祭られている仏殿へ。仏殿でお賽銭を納めお参りを済ませ、御朱印所へ向います。
大きな神社やお寺には御朱印所という場所があり「御朱印をお願いします」というと直ぐに書いてもらえます。
殆どのお寺には御朱印所はないので、社務所でお願いします。また社務所もない場合には、ご住職の住んでいる離れや庫裏のインターホンで「御朱印をお願いします」と用件を伝えなければならないのは、本当に勇気が要ります。これも結願するための苦行の一環と考えれば、へこたれてしまうわけにはいきません。
御朱印を書いて頂いたら、お礼に300円を払います。

東京都内に比較的近場に点在していると言っても、1日で回れるのは大体8~9箇所が限度です。

さあ「昭和新選江戸三十三観音」巡りの始まりです!

by Ricophoo | 2013-03-16 21:33 |

江戸五色不動

懸賞 2012年 12月 24日 懸賞

f0036354_2141136.jpg高田郁さんの「澪つくし料理帖シリーズ」に続き、和田はつ子さんの「料理人季蔵捕物控シリーズ」など読み進むうち2012年後半は、すっかり江戸時代のとりこになってしまいました。


1603年、徳川家康が幕府を開いて以来、発展を遂げた江戸の町。
元禄の頃には江戸は人口100万人を超えるような世界一の大都市となっています。
しかしその庶民の生活は実にシンプル、そして知恵と工夫で驚くほどのリサイクル&リユースが徹底されたエコロジースタイルが確立されていたのです。しかも粋でいなせで、遊び心と活気に満ちあふれ、現代に生きる私達さえ、憧れるほどの心豊かな生活や人々の暮らし、生き方がありました。

最近は小説だけでは飽き足らず、江戸時代研究家の杉浦日向子さんのエッセイはもちろん、江戸時代の庶民の暮らしぶりなど記した「江戸時代の生活白書」なる本まで買い込んで、古の時代に思いを馳せております。

江戸のことを知れば知るほど江戸の町の素晴らしさに圧倒されます。
その一つが家康の江戸城を中心とした計算されつくした都市づくりです。
関東入府にあたって「難攻不落の都市」を建設するために家康は綿密な都市計画を行っています。
東西南北にはそれぞれ「青龍」「百虎」「朱雀」「玄武」という守護神がいて、それぞれの方位を守るだけでなく、中心に富を運んでくれるという中国の古くから伝わる「四神」の思想を利用してのインフラ整備、また「風水」の基となる「陰陽五行説」を取り入れた地割など、そのきめ細やかさは現代の政治家に学んで欲しいところです。
江戸時代が260年以上もの繁栄を遂げた理由がわかるような気がします。

特に風水は江戸の街づくりに大きく関わっています。
家康から家光まで3代に仕えた天海僧正は、風水を応用して江戸の町を鎮護しようとした人物です。「陰陽五行説」では「黒」「赤」「青」「白」「黄」の5色の色がそれぞれ「土」「火」「木」「水」「金」を表すとされ、この五つの要素が組み合わされて世界が成り立つとされています。江戸城を中心とした江戸の町の繁栄も、様々な陰陽五行の力で守られていたような気がします。
もともと風水的には地勢の良くなかった江戸の町の鬼門封じを狙って置かれたといわれているのが、「江戸五色不動」です。
五色とは五方角(東・西・南・北・中央)を色で示したものです。
江戸城(青)を中心として、水戸街道、日光街道(黄)、中山道(赤)、甲州街道(白)、東海道(黒)といった江戸府内を中心とした五街道、この江戸城を守るために置かれたお不動様が、目黒、目青、目赤、目白、目黄の「江戸五色不動」と言うわけです。

と言うわけで、この江戸五色不動をすべて走って巡ってきました。

f0036354_2122857.jpg初めに目指すは「目青不動」。(世田谷区太子堂4-15-1)寺院名は「教学院」です。
渋谷駅から246を三軒茶屋方面へスタート。
教学院の創建は1311年江戸城内のもみじ山の位置にあったそうですが、その後、麹町や青山など(ご本尊は麻布から)から移転を繰り返し、現在は太子堂の教学院に奉安されています。
東急世田谷線「三軒茶屋」駅から5分ほどの線路沿いにあります。小さな寺院ですが厳かな雰囲気の薄い青緑の屋根が印象的でした。

f0036354_2142215.jpg次に向ったのは「目黒不動尊」。(目黒区下目黒3-20-26)寺院名は「瀧泉寺」です。
目黒通りの大鳥神社を右に見ながら山手通りを五反田方面へ。羅漢寺前の路地を右に入っていきます。
江戸三大不動、関東最古の不動霊場と言うだけあって大きなお寺です。
境内には垢離堂、前不動堂、勢至堂、阿弥陀堂、地蔵堂があり、山の手七福神の恵比寿神も祀られています。また江戸時代にサツマイモの栽培を広めた青木昆陽先生のお墓もありました。本堂の裏にまわると、露座の大日如来像が祀られていて、その凛とした美しさには息を飲みました。


f0036354_21423497.jpg山手通りから中目黒を右折、代官山から明治通りを通ってスタート地点の渋谷に帰りました。
渋谷から今度は明治通りを新宿方面へ向けて走ります。
目指すは「目白不動」。(豊島区高田2-12-39)寺院名は「金乗院」です。

目白駅から学習院大学を右に見ながら千登勢橋を渡ると直ぐです。
山門に弘法大師の石碑があります。五色不動の他のお寺は全て天台宗だったのに対しここだけが真言宗のお寺でした。住宅街の中にひっそりと佇む静かなお寺です。

f0036354_21223318.jpg次は不忍通りから本郷通りへ出て「目赤不動」(文京区本駒込1-20-20)を目指しました。
寺院名は「南谷寺」です。
江戸時代は千駄木の動坂に庵があったそうですが、鷹狩りに来ていた将軍家光の命によりこの地に置かれることになったそうです。この辺りは護国寺を始め、多くの寺院が点在していて、目赤不動の近くにも吉祥寺という大きな有名なお寺があります。
目赤不動も静かで落ち着いた趣のあるお寺でした。





f0036354_21193632.jpgついに4目不動を制覇、残すは「目黄不動」(台東区三ノ輪2-14-5)のみとなりました。
寺院名は「永久寺」です。

西日暮里、日暮里、三河島など線路沿いを走ります。
もうこの頃になると、肩で息をし、頭の中が白くなり、物を深く考えられなくなってきます。ただ目的達成のため、ひたすら足を動かすだけです。

明治通りへ出てしばらく行くと日比谷線の三ノ輪駅が!三ノ輪駅から徒歩2分ほどの判りやすい場所だと思っていましたが、山門もなく鉄格子の門扉があり、気をつけていないとうっかり通り過ぎてしまいます。小さな不動堂ですが、最近立て替えられたのか新しくモダンなつくりのお寺です。
「目黄不動」は実は2つあり、もう一箇所は江戸川区平井にある明王院最勝寺というお寺です。平井はちょっと遠いので、三ノ輪の目黄不動を選びました。

とうとう「江戸五色不動」完全制覇です。
帰りは国道4号をひた走り、秋葉原、東京駅に出て霞ヶ関から246に出て渋谷に戻りました。
本日の走行距離締めて47キロ。走行時間7時間45分。

今回「江戸五色不動の旅」を無事終えることができたのも、お不動様のご利益のおかげかもしれません。

世の中、クリスマスだ、ケーキだ、チキンだとキリスト教信者でなくても町をあげて浮き足立っておりましたが、「クリスマスに不動巡り」。こういう日本人的クリスマスの過ごし方があってもそれはそれ、また一興じゃないかと思う今日この頃です。

by Ricophoo | 2012-12-24 23:14 |