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赤猫異聞

懸賞 2017年 03月 11日 懸賞

f0036354_0373799.jpg浅田次郎著「赤猫異聞」を読了。
稀代のストーリーテラー浅田次郎が描く義理と人情のエンターテイメント小説、まさに浅田文学の真骨頂ここにありき!といった作品だった。

時は幕末から明治維新の混乱の時代。江戸の制度を中途半端に引きずっていた明治元年の伝馬町牢屋敷を襲った大火災の中、解き放たれた三人の罪人。夜鷹の大元締め白魚のお仙、博打打の信州無宿の繁松、江戸市中で官軍の兵隊を夜な夜な斬ってまわっていた旗本の七之丞。鎮火後、三人共に戻れば無罪、一人でも逃げれば全員死罪。全員戻って来なければ同心の丸山小兵衛が切腹という条件。

罪人たちのそれぞれの葛藤。情けや義憤、心の機微が鮮やかに描かれている。しかし、なにより二人の牢役人達の侍としての矜持に強く胸を打たれた。
「法は民の父母なり」ならば、世が乱れて法が父母の慈愛を喪うたとき、その法に携わる者は自らを法と信じて、救われざる者を救わねばなりますまい。おのれ自身が民の父母にならねばなりますまい」丸山小兵衛が末期に言った「お頼み申す」の一言はおのれの介錯を頼んだわけではござりますまい。私に向ってそう言うたのではなく「新しき時代を生くるすべての人々に向うて、この日本を託したのだと思われます。限りなき未来に向うて。ちちははのこころもて、おたのみもうす」と―。
あれから145年たった現代の法は丸山小兵衛の目にどう映っているのだろう?
救われざる者が救われている世の中になったと胸を張って言えるだろうか?

by Ricophoo | 2017-03-11 00:22 |

あほうがらす/谷中・首ふり坂

懸賞 2017年 03月 04日 懸賞

f0036354_2310467.jpg池波正太郎著「あほうがらす」と「谷中・首ふり坂」を読了。

「あほうがらす」は多岐多彩な小説世界の枠を精選した11篇からなる短編集だ。
浅野内匠頭の説明のつけようもない二面性を照射した「火消の殿」。
武士として己の立場を貫いた男の生き様を描いた「荒木又右衛門」。
「男振」の習作ともいえる「つるつる」…等
いずれも人間と言うものの不思議さ、運命のおそろしさを江戸情緒あふれる描写で描いた
軽妙洒脱かつユーモラスな作品集で、いつものごとく池波ワールドを堪能した。

f0036354_23111742.jpg谷中・首ふり坂」もやはり11篇からなる短編集だが、
二宮金次郎を主人公にした「尊徳雲がくれ」。
真田騒動(恩田木工)に関連した「恥」と「へそ五郎騒動」。
赤穂浪士に関連した作品は「舞台うらの男」。
そして鬼平犯科帳に先駆けた作品「看板」
…とやはり池波ワールドに欠かせない普遍的なテーマである「人間」の不思議さ切なさがテンポよく描かれていて、池波先生のストーリー運びの見事さに毎度のことながら感服させられる。

なかでも盗賊・夜兎の角衛門が出てくる「看板」が良かった。

しかし、この短編集、池波先生が直木賞を受賞した昭和35年から45年の10年間に書かれた作品集なのだとか。
まさに先生の文体が剛から柔へと変化していく期間であったともいわれている。

その変化を肌で感じながら読み進めていくと、また違った味わいや醍醐味を感じられる。

by Ricophoo | 2017-03-04 22:54 |

獅子

懸賞 2016年 11月 25日 懸賞

f0036354_2263113.jpg思えば今年前半は「真田太平記」を半ば憑りつかれたように読みふけり、毎週のように大河ドラマ「真田丸」に熱中した。真田まつりの一年だったような気がする。
で、池波正太郎著「獅子」を読む。
真田信之93歳-闘いの物語。
90歳を過ぎてなお「信濃の獅子」と謳われた真田信之、静かに隠居生活を送っていた矢先、当主信政の突然の死に伴い後継者争いが勃発、松代藩の存亡を賭けて酒井雅楽頭忠清と隠密を巻き込んだ智略を尽くした攻防戦が繰り広げられる。
真田信繁〈幸村〉や昌幸の陰でインパクトに欠けるような印象の真田信之だが、父弟に劣らぬ実は地味に凄い人物だったのだ。
関ヶ原の戦いから弟や父と袂を分かち家康に従ったのも「家名」を存続させるため。
ひたすら領国を富ませ戦国の世から廃藩置県に至るまで「真田」の家を存続させ93歳で死ぬまで信念を貫き貫き通した地味な男の強さに感銘を受けた。
また家臣の鈴木忠重〈右近〉は信之の死後、葬式を終えた後に殉死するシーンには涙した。
「真田太平記」読後に読む作品として絶対おすすめの一冊。
信之93歳、右近85歳 人の寿命が50歳くらいの時代にこの二人どんだけ長生きかという話で。しかも健康寿命半端ないな。

by Ricophoo | 2016-11-25 22:01 |

黄金の日々

懸賞 2016年 11月 23日 懸賞

f0036354_23215238.jpg毎年話題となる大河ドラマの中でもこの1978年NHKで放映された「黄金の日々」は伝説の大河とも呼ばれるほどの人気を博したドラマだった。
今年の「真田丸」でもこの作品をオマージュとして松本幸四郎演じる助左衛門を放送当時の扮装そのままの姿で登場させたほどだ。
脚本家の三谷幸喜氏の意向だというが、当時ドラマに熱狂していた私もこのにくい演出と38年ぶりの助左衛門に歓喜した!
で、懐かしさのあまり原作を読んでみた。
城山三郎著「黄金の日々」は、安土桃山時代にルソンに渡海し貿易商を営み豪商にまで上り詰めた
呂宋助左衛門と歴史に翻弄された自由商業都市 泉州・堺の町の栄枯盛衰を描いた歴史小説だ。
壮大な夢と財力を武器に為政者と対峙し、海をわたり異国で活躍していく助左衛門の気概ある生き方に痺れた!
世界的に閉塞している経済や外交問題が深刻となっている昨今、この助左衛門の日本と言う狭い枠に捉われないスケールの大きな生き方や考え方を
もっともっと今の若者にも知って欲しいと強く願う。

by Ricophoo | 2016-11-23 22:58 |

光圀伝

懸賞 2015年 07月 25日 懸賞

f0036354_23584457.jpg冲方丁さん著「光圀伝」を読みました。
また心を打つ素晴らしい一冊に出会えました。
「光圀伝」は水戸藩2代目藩主 水戸光圀の6歳から73歳で没するまでの人生を描いた一代記です。
水戸光圀と言えばテレビドラマでもお馴染みの「水戸黄門」。
私は中学生になり歴史の教科書を読むまで「水戸黄門は助さん格さんを連れて諸国漫遊をしていた」と思い込んでいました。なので諸国漫遊がフィクションだったというのは私にとって、渥美清が代官山に住んでいたという事実と同じくらいショックなできごとでした。
教科書に書いてある水戸光圀と言えば徳川御三家の一つ 水戸藩2代目藩主ということ。その業績と言えば当時は地味なイメージを抱いていた「大日本史」の編纂事業ということくらい。
しかし没後300年以上経つというのに、しかも実際に漫遊もしていないのに、これほどまで日本人に愛され、またヒーローとして夢を託された歴史上の人物が果たしているでしょうか?
きっとそれだけ魅力溢れるキャラクターでなければ300年もヒーローであり続けることはできないでしょう。
今まで水戸黄門の人となりを記した小説などが不思議とあまり出版されていないうえ、テレビドラマのイメージが強烈だったので、本当の水戸光圀がどんな人物でどんな生き方をしていたのか、知らずにいましたが、膨大な資料を調べ上げ史実に基づいて描かれた この冲方丁さん著「光圀伝」を読んで、水戸光圀という人物が時空を超え300年以上も人々から圧倒的に愛され支持されてきた理由を知ることができました。
作者の冲方さんご自身がインタビューで語られていましたが、「水戸光圀はたとえるならば、ノーベル文学賞を取ってオリンピックで金メダルを取って首相をやっているような人でありながら、町の居酒屋で飲んでいるような人」
まっすぐで、優しくて、強くて、カッコいい。そのくせ気取らない気さくな天才スーパーヒーローなのです。
しかしそんな光圀も人間。
義を追い求め不義に悩み、苦悶し、様々な人々との出会いの中で支えられ、刺激をうけながら人間として成長していきます。義を尊び、激情を己の中に滾らせて時代を突き進む生き様はまさに猛虎。人生を賭した「文芸復興」そして「興廃継絶」気が遠くなるような大事業を成し遂げた大義の人は日本国の未来を見据えながら時代を駆け抜けた「熱き虎」でした
光圀に影響を与えた厳しい父、優しく温厚な兄の眼差し、朋友読耕齋との出会い、泰姫との絆。そして愛するものたちとの別離。新たな出会い。信じていたものからの裏切り。悲しみも苦しみもすべてを受容し心が潰れるような懊悩の中、懸命に生きた光圀の波乱万丈な一代記は読む者の心を強く揺さぶります。
過去の世の生があったから、今の世の生がある。光圀が懸命に生きた時代を受け継いで
今の私達があるのです。
光圀は「大日本史」の編纂など学問的業績以外にも多方面において多くの素晴らしい業績を世に残しています。
詩歌など天下を取るほどの文芸の才能を持つ光圀ですが、実はかなりの数学・天文学の知識も持っており冲方さんが書かれた前作「天地明察」の主人公安井算哲による改暦の事業を支援し続けました。
また教育の面ではのちの藩校の基礎となる大学制度の実現をめざし邁進していました。
そのほかに宗教改革、貿易、殖産、法律、税制の改革、実に多岐にわたります。光圀の代で実現できたものはわずかですが、後の世につながる革新的な事業を精力的に企てていきました。
水戸に生まれ江戸に育った光圀は、諸国漫遊をするどころか、熱海と鎌倉を旅したことがあるくらいで水戸と江戸以外は知らなかったと言います。しかし若年の光圀はしばしば江戸市内にお忍びで現れ忌憚なく町人たちと交わったと伝えられています。
現代の吉原はもともと水戸藩の土地で大火の際焼け出された遊女たちに光圀が提供したものだそうです。そういった民衆へのわけ隔てのない支援と優しさが諸国漫遊をした「水戸黄門」というもう一つの物語を生んだのかもしれません。
ドラマの水戸黄門ファンにとってちょっと嬉しかったのは、実際に光圀に代り史書編纂のため全国をまわり資料を探索したとされる佐々介三郎〈助さん〉安積濾泊(格さん)の登場や光圀が「悪の師」として招聘した忍びの頭目小八兵衛の登場です。小八兵衛と言うのはあの「風車の弥七」です。「風車の弥七」は実在の人物で本当に光圀の基に仕え領内の変事や隣国の動静などを知らせる密偵としての役目を担っていたそうです。

史書」は人に何を与えてくれるのか?その問いに対する答えはいつの世も変わらず同じである。
突き詰めれば「史書」が人に与えるものはただ一つしかない。
それは歴史の後にはいったい何が来るのかと問うてみればおのずとわかることだ。
人の生である。
連綿と続く我々一人一人の人生である。

人はいつか死んでしまいます。愛する人の死、親しい人の死。そして自らも命が尽きるときが必ずきます。
人が死んだらすべては無となってしまうのでしょうか?
否、生は決して無でありません。
史の中で死者は生き続け、生きている者に道を示してくれます。
歴史は人によって作られ人によって受け継がれていきます。
きっと人々の小さな一生の連なりが命のリレーをなし歴史という大河となっていくのでしょう。
歴史は本当に面白い!まだまだ私の歴史小説熱は続いて行きそうです。

by Ricophoo | 2015-07-25 23:51 |

剣客商売

懸賞 2015年 04月 12日 懸賞

f0036354_245698.jpg池波正太郎著「剣客商売」16巻+番外編「ないしょないしょ」「黒白」上下巻
全19巻読了しました。(20巻目の「剣客商売読本」はこれからゆっくりと楽しむつもりです。)

「剣客商売」は池波正太郎氏によって1972年1月から1989年7月まで17年に渡り「小説新潮」で断続的に連載された時代小説です。

「剣客商売」を一言で表すなら「軽妙洒脱」!この一言に尽きます。
ハードボイルドやミステリーの要素も備えつつ、時代小説とは言え、軽やかさと洒落っ気たっぷりの上質なエンターテイメントとして老若男女を問わず大いに楽しめる作品だと思います。


「剣客商売」の物語の舞台は1777年から1787年の江戸。
主人公は無外流の名手、当年とって60歳の老剣客 秋山小兵衛。
四ツ谷の道場を閉め、剣も世も捨て、40歳も年下の「おはる」と再婚し、隅田川の近くの鐘ヶ淵へ隠棲していますが、剣の修行から息子・大治郎が江戸へ戻って道場を構えたのを境に、なぜか様々な事件に巻き込まれ、好奇心旺盛な性格から時には自ら首をつっこみつつ剣をふるって難事件を解決していきます。
 とにかくこの主人公の秋山小兵衛の存在感が半端ない!とにかく粋で鯔背でカッコいいのです!小さな体躯ながらも身軽で色っぽく、情が厚くて気風が良い!そして何といっても剣がめっぽう強い!江戸市中最強といっても良いかもしれません。 剣は強くても決して威張らず、弱きを助け強きをくじく、まさにスーパーヒーローなのです。どこからともなく湧いてくるお金の出どころの不思議はこの際目をつぶるとして、小兵衛のお金の使い方が実にスマート!これで女にモテないわけない!

風雅な構えの一軒家に何不自由なく暮らせるだけの経済力、立派に独り立ちした息子。若くて可愛くて従順で料理上手な妻。信頼できる仲間や友人たちに囲まれ、酒やグルメを楽しむ小兵衛のライフスタイルは男性ならずとも私たちが憧れる「理想の老後」のすべてだと言っても過言ではありません。 

「剣客商売」のもう一つの楽しみは物語の中に登場する料理です。
たとえば根深汁(ねぎの味噌〈みそ〉汁)と大根の漬物と麦飯。 おはるの作る鴨鍋と鴨ご飯。柚子切り蕎麦、韮の味噌和え、浅蜊のぶっかけ、葱入り炒り卵、泥鰌鍋や軍鶏鍋、山椒をふりかけただけのシンプルな大根鍋等々…。

また「不二楼」や「元長」「鬼熊」など老舗料亭や馴染みの小料理屋で供される料理もさることながら、甘いものにも目がない小兵衛だけあって江戸市中のその土地土地で売られている名物や名もなき茶店で供される饅頭や甘酒にも心奪われました。
両国米沢町 京桝屋の「嵯峨落雁」、目黒不動門前 桐屋の「黒飴」、市ヶ谷田町 笹屋長蔵の「巻狩りせんべい」など実際に存在したのかしなかったのか定かではありませんが、これらは読書中、自分の頭の中で何度も味わった忘れられない「味」となっています。

時は江戸時代ですから豪華な料理が出てくるわけではありませんが、そこは食通として有名な池波先生です。とにかく物語の中でさりげなく描かれる料理の数々にはすっかり心と胃袋を鷲掴みにされてしまいました。

また「剣客商売」は息子大治郎をはじめ弥七に傘徳、鰻の辻売りの又六、田沼意次など小兵衛をとりまく家族や仲間のキャラクターも魅力の一つです。
小兵衛の愛妻「おはる」、女武芸者から大治郎の賢妻に変貌を遂げる「美冬」の二人はこの「剣客商売」にはなくてはならない二大アイドルです。
「おはる派」「美冬派」と言えば「剣客商売」ファンなら膝を突き合わせて小一時間は語り合うことができるのではないでしょうか?
私は、おはるも美冬も大好きなのですが、忘れてはいけないのが「手裏剣お秀」!私が大好きな登場人物の一人です。

作中一回きりしか登場しない悪役にもきらりと光る忘れられない魅力溢れた個性の持ち主が沢山いました。
「まゆ墨の金ちゃん」の三浦金太郎、「鬼熊酒屋」の熊五郎、「妖怪小雨坊」の伊藤郁太郎、「その日の美冬」の岩田勘助等々…
恐ろしければ恐ろしいだけ、気持ち悪ければ気持ち悪いだけ、その印象的なキャラクターが物語に
(毒)華を添えてくれました。

「剣客商売」を読んでいる途中、夢中になればなるほど「なぜもっと早く「剣客商売」に出会わなかったのか?」と自分自身に歯嚙みするような思いを感じました。
しかし、読了後「今、この時に「剣客商売」に出会えた幸せ」を実感することができたのも事実です。

実に17年の長きにわたって描かれてきた物語ですから、第1巻の小兵衛と第16巻の小兵衛は17年の歳月と共に少しずつ心も体も自ずから変化していきます。

意気軒昂だった60歳の小兵衛が少しずつ肉体の衰えや変化を感じ、精神的にも少しずつ枯淡を感じ始めていく様は読み進めていくほどに切なくなってきます。
これは30代、40代の読者では本能的に感じることができない感覚であるような気がします。

50代に入り「老い」や「死」を身近に感じることが多くなってきたこの頃
小兵衛に自分自身を投影させることができてきたからなのでしょうか?

寒い冬が嫌いになり、炬燵から出られなくなる小兵衛。眩暈に苛まれながらも二十人斬りを成し遂げる小兵衛。老いを俯瞰し諦めつつも、自分自身でありつづける小兵衛に、剣客として常に「死」を意識しながら生きる姿勢に、作者である池波正太郎氏の人間観察の奥深さ、人生哲学を、美学を感じずにはいられませんでした。

「剣客商売」は蕎麦屋で蕎麦を肴に冷酒をちびりちびりの「粋」が分る大人になったら必読の大人の教科書なのかもしれません。

by Ricophoo | 2015-04-12 01:55 |

やっぱり時代小説でしょ

懸賞 2014年 12月 21日 懸賞

f0036354_2320211.jpg早いもので今年も残すところあとわずか。
昨年の私の中でのブームはなんといっても落語でしたが、その流れを受けつつ2014年のマイブームは時代小説一色の年となりました。
浅田次郎さんの「一刀斎夢録」や「壬生義士伝」・高田郁さんの「みをつくし料理帖シリーズ」に始まり、葉室麟さん、山本周五郎さん、藤沢周平さん、そしてついに池波正太郎さんにまで手を出してしまい、私の時代小説熱はもはや止められない危険な領域に突入してしまったようです。
なにしろ時代小説には古くから大衆に強い支持を受け読み継がれてきた膨大な作品群があるのですから…。
山本周五郎さん、藤沢周平さん、池波正太郎さん、司馬遼太郎さん等大御所と言われる方の小説はいささか古典の部類に入るとは思いますが、時代小説ですから色あせるということがありません。こうなると、もはや底なしのアリ地獄状態です。

時代小説の魅力はなんといっても現代人にはない人間の潔い生き様が描かれているところです。時代小説に登場する男はもう半端なくかっこいい!そして強い!そして女も美しく魅力的!
「おいおい今の世の中さすがにこんな男はいないだろ?」と思ってしまうほどの神がかり的に強い男、潔く誇り高い男、奥ゆかしく、けなげで可憐な女…

そんな魅力的で個性的なキャラクターを楽しむのも時代小説の醍醐味です。  
携帯やスマホの返信が遅いと言って人間関係に亀裂が入ったり、GPSで夫の居場所を確認する妻がいるなんて世知辛い話は既に過去の話題。遺伝子検査で人の体の何でもが分ってしまう世の中、IPS細胞があってもなくても私たちの日常は日進日歩、つねに急かされ時間に追われ、閉塞感に覆われて、それでもなお進み続けています。
食料も情報も生きるために必要な物を限りなく潤沢に与えてもらっているはずの現代人は、反対に生きているということさえ実感が持てずにいます。
しかし時代小説のなかの人々は、今のように豊かな時代ではなくとも生きるということに実にストイックでそして限りなく謙虚です。

また時代小説の中からは、本当に学ぶことが多く、人間として大切なこと、人間として決して失くしてはならないものを教えてくれるような気がします。

市井に生きる町人の人情ものもよし!激闘の戦国ものもよし!」サラリーマンを彷彿とさせるような武家社会ものもよし!主人公のキャラが命の浪人ものもよし!
今年は本当にたくさんの時代小説を読みまくりました。

私が今年読み終えた数ある時代小説の中で敢えて選りすぐりの1冊を上げるとしたら
迷わず葉室麟さんの「無双の花」を選びます。

「無双の花」は2012年に刊行された葉室麟さんの作品です。

豊臣秀吉に、東の本多忠勝と並び称され、「その剛勇、鎮西一」と激賞された、立花宗茂を描いた物語です。立花宗茂と言えば、大友宗麟の家臣、高橋紹運の子で、大友家の猛将 立花道雪の娘、誾千代を娶って立花家を継ぎ、その武勇を買われ筑後柳川13万石を得て、大名となりますが関ヶ原の戦いでは、九州にありながら、豊臣恩顧の大名として、石田方に与した事から所領を失って家臣と共に浪人の日々を送ります。しかしその後、徳川家に忠誠を尽くし西軍方で唯一旧領を回復した奇跡の武将です。

「無双の花」の中で描かれているのは「立花の義」。

立花の義とは「決して裏切らぬ」ということ。裏切りと策略の乱世の世では、この決して裏切らぬという「義」を貫き続けることはとても難しいことです。己の境遇に惑わされず、宗茂は決してその信念を曲げずに生き続けます。

猛将 道雪の血を引く男勝りの妻、誾千代とも、またこの「立花の義」を通して、深く繋がっていました。愛し合うだけの夫婦愛ではなく、共に「義」を貫く同志愛として描かれている所がとにかくカッコいいのです。

お前様―。」呼びかける誾千代の声がかすれた。
「なんじゃ」
「お前様は西国無双の武将にございます。必ずや返り咲いて誰にも負けぬ無双の花を咲かせて下さりませ」 
「そなたを迎えに参る日が必ず来よう。それゆえ、さらばとは言わぬぞ」
「お待ちいたしておりまする」

これは部屋越しに交わす宗茂と病床の誾千代との永の別れのシーンで私の大好きなシーンでもあります。
「裏切らない」と言いつつ宗茂は豊臣に仕えたのち徳川に忠誠を誓うことになります。宗茂にとって主君は豊臣でも徳川でもいいのです。つまりは戦のない世の中、泰平の世を求めることこそがすなわち「立花の義」であったわけです。

「天下は天下のための天下。一人の天下にあらず」これは今年の大河ドラマ「軍師官兵衛」のクライマックスシーンでの家康の名言ですが、無双の花の中での宗茂と家康とのやりとりにも心揺さぶられるシーンが沢山出てきます。

「わしの旗印を<厭離穢土欣求浄土>としておるのは汚れしこの世を厭い、清き世を求めてのことじゃ。この世から戦を無くさねばならぬと思えばこそ、わしは汚い手を使うてでも天下を取らねばならぬと意を決したのじゃ。跡を継ぐ者にかような戦をしたいと思わせぬようにわしは手を尽くす。秀忠を跡継ぎにいたしたのも、戦が下手だからじゃ。秀忠は無用の戦をせぬであろうゆえな」
「立花はひとを裏切らぬという義を立てていると聞くが、泰平の世を作るためには手を汚すを恐れぬが徳川の義ぞ。とは言うものの、汚きことをいたせば、その報いも必ずある。心はすさみ、欲にまみれていく。じゃが、立花はまみれなんだ。そなたを召し抱えたのは直ぐなる心根のほどを見極めたからじゃ」
「それがしになにをせよと仰せにござりますか?」
「秀忠とやがて将軍になる世嗣の傍を離れるな。決してひとを裏切らぬ立花の義を世に知らしめよ。さすれば秀忠と次なる将軍もひとを信じることができよう。そなたは泰平の世の画竜点睛となれ」
家康は天下を見守り、ひととしての在りようを示すことを宗茂に求めているのだ。「身に余るお言葉にござりまする」
「それが西国無双、立花宗茂のつとめぞ」
家康は静かに言うなり踵を返して陣所へと戻って行った。


共に泰平の世を求めて止まない「義」を貫く男たちの魂の会話に痺れました。

家康の言葉どおりに秀忠を支え徳川家に仕えた宗茂は将軍職を辞していく秀忠に言います。

「上様はようお努めになられました」
「わしは生来、凡庸であった。戦には勝てず、大名を威伏させるほどの力もなかった。ただ懸命に努めて生きてまいっただけであった気がいたす。」秀忠は苦笑した。宗茂はなだめるように明るく返答した。
「それは誰しもが同じでござりまする。神君家康様は耐え難きを忍ばれ、ひたすら地道に戦の無い世を望まれ、懸命に歩まれました。それ故にこそ織田信長公や太閤も為しえなかった泰平の世を切り開かれたのでございます。」
「さように思うてよいであろうか?」秀忠は少し安堵した表情を浮かべた。
「世は努めることを止めぬ凡庸なる力によって成り立っておるかと存じまする」



「私自身が派手な人間ではありませんから、地味な立場の人の気持ちがよくわかるのです。社会というのは一人の英雄とか豪傑がつくっているのではなく、普通の人が寄り集まって、なんとかかんとか支えている。目立たなくても自分のやるべきことをきちんとやる。結局私は、普通の人が普通に努力して生きていくことが一番大切なんだというごく単純なことが言いたくて書いているんですね」。
何かのインタビューで葉室さんがおっしゃっていた言葉です。

葉室さんの作品が持つ温かみと読後感の良さは葉室さんのお人柄がすべてにわたり反映されているのだと実感しました。

葉室さんの作品はどの作品もきりりと背筋の伸びた、最後にはさわやかな一陣の風が吹くようなそんな素敵な作品ばかりです。

by Ricophoo | 2014-12-21 23:28 |

高田郁さんからのはがき

懸賞 2014年 09月 28日 懸賞

f0036354_2064068.jpg高田郁さんのサイン会から10日くらいたった頃、夕方会社から帰ってきてポストを覗くと1枚のハガキが・・・!
なんと高田郁さんからファンレターの返事が来ていました!





先日行った高田郁さんのサイン会で高田さん宛にファンレターを渡しました。
まさかその返事をいただけるとは夢にも思いませんでした。

別れ際に高田郁さんは「いつになるかわからないけど、お返事書きますね」とおっしゃって下さったのですが、今飛ぶ鳥を落とす勢いの人気作家の方ですから忙しくないわけはありません。
ファンレターを渡せただけでもラッキーでそんな風に言って下さるだけでもありがたいことなので、ポストから取り出して差出人のお名前を確認した時には、もうびっくり仰天でした。

ハガキにサインペンで大きく描かれた「みをつくし料理帖」の主人公の澪ちゃんのイラスト。
そして万年筆で書かれた心のこもった丁寧なお返事を下さいました。
お返事の最後に「感謝多謝」と書かれていましたが、感謝多謝なのはこちらのほうです!

高田郁さんは作家としてはもちろんのこと、人間として本当に素晴らしい方です。
高田郁さんの作品は時代小説が殆どですが、読みやすくわかりやすい言葉で書かれています。そして読む人に希望と優しい気持ちを届けて下さいます。
それは高田郁さん自身が大変なご苦労を乗り越えて、様々な人々に感謝をしながら夢をかなえていらしたからだと思います。
みをつくし料理帖の中に出てくる言葉「雲外蒼天」とは―
苦労に耐え努力をすれば必ず雲の向こうには青い空が見えることという意味です。
まさに高田郁さんの人生を現すような言葉です。
高田郁さんはご自身のことを書かれたエッセイ「晴れ時々涙雨」の結びの言葉でこう締めくくられています。
「読者からのお手紙を読むたび、サイン会で直接言葉を交わすたび、そして様々な場所で拙著を読む人と遭遇するたび、深い感謝の気持ちが胸に溢れます。一作ごとに成長することで報いることができればと願います。」
「物心ついた時から今日まで、私は多くの本に出会い、生きにくさを軽減してもらいました。ちりちりと焼けるような焦燥感や底知れぬ悲しみを覚えた時も、本の中の一文に救われたことがあります。ともすれば自己否定に走りがちな屈折した心にしっとりと寄り添ってくれたのもまた、本だったのです。だからこそ、私自身もいつか誰かの人生の伴走者になりうるような小説を書けたらと心から祈っています」

悲しい時も苦しい時も嬉しい時も、私のそばにはいつも高田郁さんの作品と高田郁さんの紡ぎ出して下さった言葉があります。まぎれもなく高田郁さんは私の人生の伴走者です。
私も高田郁さんのような思いやりのある優しい人になりたいです。
高田先生、本当にありがとうございました。お返事のハガキは私の宝物となりました。

by ricophoo | 2014-09-28 20:13 |

サイン会に行ってきました

懸賞 2014年 08月 30日 懸賞

f0036354_2305040.jpg8月30日神保町の三省堂書店で行われた高田郁先生のサイン会に行ってきました。
2週間くらい前に事前に電話予約をしていたにも関わらず、開始時間の14時から整理券配布等の諸事情により待たされること2時間半。
たかだか100名ほどのサインにそんなに時間がかかるの?と少しイライラしてきたころ整理券番号が呼び出され10人ずつエレベータで7階の部屋へ連れていかれました。
狭い部屋の中に編集者や書店関係者とみられる人たちがずらり。小さな机の前に高田先生と思しき女性が一人一人にそれは丁寧にあいさつをされ、話を聞き、サインをして、それから優しく声をかけて握手をしてくださっています。

びっくりしました!これじゃ時間がかかるわけです!
高田郁と言えば、もはや飛ぶ鳥を落とす勢いの人気女流作家です。
右から左へベルトコンベア式にサラサラとサインを書いて渡したって誰も文句など言えないくらいの大先生なのです。
その大先生が一人一人に優しく話しかけてくださるのです。
3時間も一人一人に対応するのは大変なことです。疲れるしストレスも溜まってくるでしょう。

「みをつくし料理帖が刊行されて現在までの5年間、あなたにどんなことがありましたか?」
先生はとびきりの明るい笑顔で尋ねます。

ある男性は「定年退職しました」と答えると「これからは好きなことをしてお元気で過ごしてください」と握手をし、またある女性は「離婚しました」と答えた直後感極まり思わず涙をこぼすと
「きっとこれからはいいことばかりありますよ。」と先生は優しく肩を抱いてあげていらっしゃいました。

それを見ていたらこちらも緊張して汗が吹き出し、とうとう涙まで出てきてしまいました。

サイン会と言っても声をかけたり、ましてやお話ができるなんて夢にも思わなかったため、事前に先生に伝えたいことをしたためたファンレターを用意していたので、先生に渡して訳を話すと、高田先生はとても喜んで

「偉そうにしてるより、自分はこうして一人一人の読者に実際に会って話すことがとても好きだし、戌年だから人に会うことが大好きなのだ」ということをおっしゃって下さいました。
そのほかにも作品の事などいろいろお話することができました。
そして最後に「あなたにこれからたくさんいいことがありますように!」と言って優しく手を握ってくださいました。

「みをつくし料理帖」「銀二貫」「出世花」「あい」「ふるさと銀河線」高田先生の作品にはどれも人の優しさ温もりが溢れています。

今回のサイン会で先生にお会いして先生の作品の素晴らしさは先生のお人柄そのままが描かれたものなのだと実感しました。

みをつくし最終巻「天の梯」で店主種市が澪に送るはなむけの言葉。
「なあ、お澪坊、ご神仏ってなぁ、時にとんでもなく酷いことを、情け容赦なくなさるもんだ。慈悲も何もあったもんじゃねえって仕打ちを。けれどそれに耐えて生きていれば必ず何処かに救いを用意していても下さる。俺ぁ、この齢になって、それが身に沁みるのさ」

本当の愛と優しさを知っている高田先生だからこそ書ける台詞だと今回お会いして強く感じます。

高田先生には、これからの更なるご活躍をお祈りするとともに
これからも滝のような涙を流す作品を私たちに届けてくれることを期待しています。

by Ricophoo | 2014-08-30 23:02 |

みをつくし料理帖 天の梯

懸賞 2014年 08月 30日 懸賞

f0036354_22435556.jpgとうとう終わってしまいました!私がこよなく愛する「みをつくし料理貼」。
最終巻は「天の梯(てんのかけはし)」ここに堂々の完結です。
前作「美幸晴れ」を読み終えた後は、澪ちゃんにとって解決しなければならない問題が山積で残り1巻でどうまとめるのか心配でしたが
なるほど!その手があったのか!!いやぁ一本取られた!と小気味のいい展開に思わず納得です。登場人物も読者もみんなが幸せになれる、大満足のラストにはもう涙、涙で言葉になりませんでした。
自分のことよりも、そばにいる人達の幸せをいつも願っているこの物語の登場人物達が本当に大好きでした。
前巻で「次回が最終巻」と知らされた時には、ずっとずっとシリーズで続いていくと信じていただけに本当にショックでした。
第8巻の「残月」の中の芳の
「人の気持ちも物事も、すべての事は移ろうていく。仕方のないことだす」
という台詞の通り、始まりがあれば、終わりがある。何事もいつかは変わっていかなければなりません。
澪やつる屋の人たちが、新たな人生を一歩踏み出していくように、私達読者も高田先生が紡ぎ出してくれる次の物語の世界をのぞきに行かなければならないのです。
みをつくし料理帖全10巻 高田郁先生、本当にお疲れ様でした。
そして本当に本当に感動をありがとうございました。

by Ricophoo | 2014-08-30 22:45 |