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懸賞 懸賞

エッシャー展 ライブで見るべし!

懸賞 2006年 11月 24日 懸賞

f0036354_065570.jpg幼い頃、雑誌や絵本でエッシャーの作品を見るのが好きだった。
もちろん、当時は“エッシャーの作品を見る”なんていう意識はなく
バカな子供の私は「メビウスの輪」や「相対性」の階段が
不思議で不思議でたまらなく
いつまでもいつまでも食い入るように一日中眺めていた。



昨日Bunkamuraザ・ミュージアムで開催されている
「スーパーエッシャー展」を観にいった。
音声ガイド機を無料で貸し出してくれるので
作品の成り立ちやエッシャーの作品への想いが判り
この作品展をより深く楽しむことができた。

無限、緻密、秩序、法則、精緻、不思議、迷宮、永遠、宇宙・・・

エッシャー展を観ていると、まさにこのような
言葉が次から次に浮び上がってくる。

美術とかアートというより数学、物理的な数式から成り立つ
宇宙の様を見せられたような気がする。

細部にまでこだわりを持ち、丹念に仕上げ、遊び心を忘れない作品の数々。
エッシャーは、現代アートの崇高な職人(マイスター)ともいえる。

その緻密で精巧な作品にただただ感激し
バカな子供の頃に戻って、無心になって
穴があくほど作品を眺めてきた。
近くで見なければ判らないことが
いっぱいあった!

未だ「相対性」の階段を上り続けている私が言うのもなんだけど
エッシャー展は必見!

by Ricophoo | 2006-11-24 00:08 | アート | Comments(2)

世田谷ハーフ10キロ健康マラソン

懸賞 2006年 11月 19日 懸賞

f0036354_22105219.jpg
11月19日、二子玉川緑地運動公園スタートの
第一回世田谷ハーフマラソン
10キロ健康マラソンの部に参加した。





246を華々しく走るハーフとは違い
地味に、二子玉川緑地から多摩川土手を走る
10キロの健康マラソンだ。
そのため人気度がかなり低いようだ。

それでも会場は、ハーフのゴールにもなっているし
会場のステージでは、ウルトラマンショーや
ダンスやウクレレの演奏なども行なわれ
日大、国士舘、東京農大、駒澤などの各大学の
応援合戦もあり、とても賑やかだった。

空は今にも泣き出しそうな曇り空。
いつ降りだしてもおかしくない嫌な天気。

スタートは、ハーフの最終ランナーがゴール後の
11時40分スタートだ。
11時ギリギリで受付を済ませ、歩いていると
ハーフを走り終え、くつろいでいる
インチワームスのメンバー、スリムアップスリムさんが声を掛けてくれた。
スリムアップスリムさんは体調があまり良くない中
先週の横浜とほぼ同タイムでゴールしたとの事、
私の腹痛をご存知で、「下痢止めあるよ」と言われたが
下痢は過去の話なので丁重にお断りし、気合を貰って別れる。

適当にアップを済ませ、気が付くともうスタートの集合の時間だった。

周りは男子高校生が多く、敵対する高校同士もあるようで
ピリピリした空気も垣間見られた。
ゲストは日本男子マラソン界のエース高岡さんだ!
10キロを一緒に走ってくれるという!(近くで見ると本当かっこいい!)
スタートの合図で一斉に走り出すが
前回のように突っ込んだりはしない。様子を見ながら
徐々にペースを上げていく。

緑地運動公園内を1周、
ところどころ砂地もあり、足を取られ、とても走りにくかった。
その後土手をひたすら走る。
途中から雨が降ってきた。
1キロ4分21秒。まずまずか。
3キロ地点でうしろから、女性の息遣いが聞こえる。
耳もとまで荒い息が近づく。
ぴったり後ろに付かれた様だが、息の荒さに
さほど追い抜かれる恐怖は感じなかった。
少しペースを上げたら、女性の息遣いは遠くなっていった。

4・3キロ地点で折り返しのランナー達が見えてきた。
東京実業の赤いウェアの男子高校生がずらずら~っと通り過ぎていく。(速っ!)
しばらくして高岡さんが来た!
走りながら手を振ったら、爽やかな笑顔で
「がんばりましょう!」と一言。(きゃ~~!)
すっかり舞い上がってしまい、しばしレースであることを忘れた。

4キロ地点を確認できなかったため
自分では、5キロ23、4分だと思っていたが実際
5キロ25分も掛かってしまった。
少しペースを上げていかなきゃ・・・。
前に黒いウェアの女性ランナーが見える。
4、50メートルは先を行っているだろうか?
腕がよく振れていている。足取りも軽そうだ。
ひたすら彼女の背中を見て集中して走る。

土手を降り、会場内へ最後のラストスパート。
結局、距離を縮められないままゴール。
自分の時計では46分16秒。可も無く不可もない平凡なタイムだ。
コンピュータではじき出された完走証がすぐに貰えた。
女性の中では2位だそうだ。
なるほど、やっぱり・・・。
今日は東京国際女子マラソンもあるし、
ほとんどの人がハーフを走っている。
高速女子ランナーは、みんな出払って10キロ健康マラソンなどに
参加する人はいないのだ。
このタイムで2位というのは、これからこの大会に参加する人にとって
かなり敷居が低いだろう。参加者を増やすのに一役かったようだ。
腐っても鯛だ。第一回目の準優勝。素直に喜ぼう。

寒かったとはいえ、全身汗まみれ、雨まみれ。
着替えに行こうとしたら係りの人が
35分から表彰式があるのですぐにステージ横に来て下さいと言われた。
それに素直に従い、ウィンドブレーカーを羽織りステージ横に行くが
ステージではまだウクレレを弾いている。
雨も酷くなってきた。気温も随分下がってきた。
15分、経過。。。
ウクレレが終わったら表彰式かとおもいきや
子供達のダンスが始ってしまった。
寒い・・・・・・・
身体が震えだして止まらなくなってしまった。
ウィンドブレーカーの下にセーターや長袖シャツを着こんだが
寒さが収まらない。
大会本部に行き、「表彰式はまだですか?」と聞いたら
時間が延びているのでまだですと言われた。
その直後、歯がガチガチして、身体が痙攣したように震えだしてしまった。
本部の人が熱いお茶やホカロン、毛布を出してくれたが
一向に震えが収まらない。自分の意識とは別のところから来る震えで
自分でもどうすることもできなかった。
車の中を温かくしたので、そちらで式まで待ってくださいと
VIP待遇。しかし意識も朦朧とし震えが止まらない。
式が始り、一人でぶるぶる震えていた。
メダルと賞状を貰い、息も絶え絶えで、あまりの寒さと震えで
泣きながら逃げるように帰ってきた。
もしかして、コレって低体温症?

やれやれ、健康マラソンで死ぬところだった。

教訓
走り終えたら、即刻着替え。
普段の2、3割り増しで厚着。
温かい飲み物をおなかに入れる。
これ鉄則。

by Ricophoo | 2006-11-19 21:09 | スポーツ | Comments(6)

横浜マラソン(かろうじてのタイム更新の巻)

懸賞 2006年 11月 14日 懸賞


スタート地点には早々と並んだ。
あまり早くに並びすぎて、女性のラインでは最前列に
なってしまった。

スタート前の中田宏横浜市長の手短な挨拶の途中
「あ・・・・・時計忘れた」と、はたと気がつく。
時計はランナーの命・・・しかもレースの最中には
にらめっこしながら、ペースを上げたり気持を鼓舞したり・・
なくてはならない必需品である。
その時計を忘れるなんて、本当にオマヌけな話である。
ゆるゆるだったのは、実は私だったのか!

時計は預けたリュックの中に入っているが
今更取りに戻るわけにもいかない。
そこはO型女のお気楽さで
「ま、いいか」と思い直し、レースに集中することに決めた。
ゴールしたときに電光の時計表示板に記される
タイムだけを確認すればいいのだ!

10時20分、スタートの号砲。
よせばいいのに最前列に並んだものだから
スタートの合図と共に思い切り飛び出した。
すっかり周りの雰囲気に飲まれてしまった。
500メートルくらい走ったところで
息が切れて、腿全体が硬直した。
「な、なんだこれは!」目の前が真っ暗になる。
足が動かない・・・。
フルマラソンの37キロ地点のような感覚。
「あぁ・・もうダメかも?」
そう思ったとき流星さんが「速いね~♪」と
言いながら風のように通り過ぎていった。
初めてお会いした流星さんに
ゴール後情けない姿を見せたくない!と突如我にかえった。

走り始めて少しして強烈な向かい風や横風が吹き荒れてきた。
荒川の再来か!!

しかも呼吸が荒く、なかなか元に戻らない。
6キロ過ぎたときに1回目の給水。
止まらずにコップを手に取る。走りながら水を口に含んだら
鼻から水が入ってしまった!
ゲロゲロ。。。(今日は厄日だ)
もう、最後まで給水はしないと誓う。

そうこうするうち、10キロ過ぎから、いつもの調子が戻ってきた。
10キロは46分50くらいか・・・。
いつもとほとんど変わらないタイムだ。
時折、女性ランナー数人に抜かされる
しばらく付いていくもまったく歯が立たず離される。
力強い走り方で抜いていく人もいれば
コソコソした軽い走りですり抜けていく人もいる。
追いつけそうで追いつけない。不思議だ。
(ああいう走り方が消耗がすくなくていいんだろうなぁ。)
時計が無いので、自分がどんなペースで走っているのか
数字的には全く判らない。
でも、身体でなんとな~く「いいかんじ」とか
「ちょっと遅くなってきてる」とか判る。
15キロ過ぎ、意識的にペースを上げてみる。
相変わらず強い風。
なにしろタートルの時の15キロからの
5キロのタイムは27分も掛かっているのだ。
とにかくこの5キロに集中だ。
この地点だったか、駒沢のインチワームスのメンバー
レインマンさんに声を掛けられる。
レインマンさんは爽やかに私の横をすり抜け
他のランナーの間をするすると潜り抜け
あっという間に見えなくなってしまった。

3回のうちの残りの2回の給水は
摂らずにやり過ごす。
なにしろ、今日は気温も低く、肌寒いので
給水をしなくても、なんとか最後までいけそうだ。

のこり1キロ。
よっしゃー!このまま突っ込むぞ~
と思った瞬間、目の前に坂が!
「こんな坂あったっけ?」(坂とはいえないかも?)
と急に気持が萎えかけるが
下りは得意なので一気に駆け下りる。
猛ダッシュとは言わないまでも、そのまま電光表示板のある
ゴールへまっしぐら。
電光表示板の下1桁の数字が
8と見えた。
「んんん・・・」
もしや・・・
電光表示板の全体が目に飛び込んでくる。
「1時間39分・・・50秒??」
自分の時計が無いのでしっかりとしたタイムは定かではないが
とりあえず40分を切っていた。(1時間39分52秒でした)

給水2回分の短縮タイムで
かろうじて自己ベスト更新である。
なので手放しでは喜べない。
もっと堂々と更新したいものである。

ゴール後、レインマンさん、骨折ランナーさん、スリムアップスリムさんに遭遇。
お話をしながら、メイン会場へ戻り、別れる。
みなさん一服の清涼剤のような爽やかな方たちばかりだ。

陣地へ戻ると
ま師匠と流星さんがいた。
お二人ともラスト、ゴール地点までバトルを繰り広げた由
結果、師匠が数秒違いで先にゴールしたようだ。
聞けばなんとなく
流星さんの手のひらの上で転がされ遊ばれている感じがした。

しかし、ま師匠は自己ベスト更新。
流星さんはセカンドベストだったそうだ。
お二人ともすごい☆

着替えて、中華街へ繰り出す。
流星さんはアルコールを飲まれないということで
ま師匠と共に遠慮なく生ビールを1杯。

中華屋では、流星さんに、ランニングに対する様々な貴重なお話を聞き
また教えを授けていただき、感謝感激。
とにかくランニングの極意は
「楽しむこと、無理をしないこと」なのだそうだ。
そして、重要なことは「数字や記録に惑わされず、体感を大切にすること」
それが長くランニングを続けていく鍵のようだ。
「自然体」で人生を楽しんでいらっしゃるようにお見受けした。
さりげなく月間700キロ走っちゃう人である。

横浜マラソンは、偉大な走り屋「流星さん」で始まり
「流星さん」で終わった気がする!

ありがとうございました。

by Ricophoo | 2006-11-14 01:00 | スポーツ | Comments(4)

横浜マラソン(流星さんとお会いするの巻。)

懸賞 2006年 11月 13日 懸賞

f0036354_23123545.jpg11月12日第26回横浜マラソンに参加した。
前日は雷が鳴り、一日雨が降り続いていたが
当日は、時折日も射すくもり空。
とても肌寒い。
駅で、ま師匠と合流
電車の中は、ぜんぜん混んでいない。
なので、「今からレース」という臨場感に欠けるのか
ま師匠が、なんだか今日はふわふわしている。
話しかけても「ゆるゆるぅ♪」としている。
そんな師匠を見ていると
せっかく禁酒までして、気合をいれてレースに臨んでいる
私にも「ゆるゆるぅ♪病」がうつって来そうだ!
(なんだよぉ!しっかりしてくれよぉ☆)

元町中華街駅で下車、駅の階段を上がると
すぐに会場の山下公園だ。

海からの風が強く吹いてきた。
「なんか荒川を思い出すなぁ」
「やべーっすよ」
とか何とか言いながら受付を済ませ、陣地取り。
スピーカーの横でうるさかったが
テントとテントの間に陣取る。

着替えて、ゼッケンをつけてちょこっとだけアップ。
荷物を預けて陣地へ戻ると、師匠が知らない人と話をしている。

「こちらは流星さん」

げげっ!!!
この人が彼の有名な「流星さん」なのかぁぁぁ!
御歳○○才の超高速
カリスマランナーの「流星さん」だ!
そのお名前だけは知っていても、遠くに光る
きら星のごとく、ただ憧れて眺めるだけのお方が
今私の目の前に!!

お年は公開されているので知っていたのだけれど
とにかく腰を抜かすほどお若い・・・・
しかもスリムでダンディな風貌、落ち着いた大人の雰囲気
ひと目でファンになってしまった!

流星さんとの対面は、レース直前の
うれしいハプニングだった。

     ― つづく ―

by Ricophoo | 2006-11-13 23:15 | スポーツ | Comments(0)

シュルレアリズムの真髄

懸賞 2006年 11月 11日 懸賞

f0036354_958377.jpg
上野の森美術館に
「生誕100周年記念 ダリ回顧展」を観にいった。



スペイン・ガラ=サルバドール・ダリ財団と、アメリカ・サルバドール・ダリ美術館所蔵の
世界2大ダリコレクションが一堂に集められた
それは素晴らしい美術展だった。

今回も音声ガイド機を借りて
鑑賞したので、作品についていろいろなことを
聞きながら、じっくりと作品に触れることができた。

20世紀美術界、最大の奇才として知られるサルバドール・ダリ(1904-1989)。
ピンと反り返ったヒゲと、かっと見開いた大きな目。
奇抜な振る舞いや独特の物言いが奇才といわれる所以であるが

若いうちから(まだシュルレアリズムを知る以前から)
彼独自の表現方法を用いて、さまざまな幻想的で非現実的、
はたまた精神錯乱的な世界を描き、異彩を放っていた。
「六つの本当の鏡の中に仮に映し出される
六つの仮想の角膜によって永遠化される、背後から
ガラを描く背後から見たダリ」(題が長すぎる!)や

「記憶の固執の崩壊」「夜のメクラグモ」など
ダブルイメージや、溶け出すような柔らかな物質を描いた
作品が特に有名だが

奇才、奇抜な・・・というより
作品の中に秘められた、ダリ自身の叫び
メッセージが深く込められている。

病弱な子供時代、幼い頃無くなった母への想い
父へのエディプスコンプレックス、
ヨーロッパの芸術をもってしても戦争を止められなかった
悲しみ、怒り。
すべてを崩壊させてしまう原子爆弾への衝撃
アインシュタイン物理学への傾倒
様々なメッセージや想いが
一枚の絵の中に幾重にも重なっている。

ナポレオンの鼻が実は
遠くを歩いている妊婦の形だったり。
三美神の顔の一部が馬になっていたり。
作品の中に「おかあさん、おかあさん・・・」と小さく
書かれている作品があったり。

一枚の絵を遠くから見たり、近くから見たりするだけでも
ひとつひとつ発見や、新鮮な驚きがある。

違ったいくつもの意味を重ねるダリの表現は、
それだけ鑑賞する側にとって、奥の深い作品になっているのだろう。

作品の中に時折登場する女性、ガラ。
ダリの生涯創作のミューズであった妻ガラは
ダリの作品の中に無くてはならないパワーや
エネルギーあるいはモチーフとして存在し
ダリに力を与え、彼を支えた素晴らしい女性だ。
妻であり、女神であり
同志であり、よき理解者であり、
一卵性双生児であり、なにより、母であったのかもしれない。

ガラの死後、描かれた
「燕の尾とチェロ」は、しんとした静寂に包まれた
寂しい作品だった。それまで観てきた
エネルギーに満ち溢れた彼の絵ではなかった。
すっかり製作意欲を喪失したダリは
「ガラは死んでいない、決して死んだりはしない」
とつぶやいていたという。
それだけガラという存在がダリに大きな影響を与えていたのだろう。

人は愛する相手によって人生が大きく変わる。
ダリはガラによってどんなにか自分の芸術が高みを極めたかを
「世界教会会議」の絵の中で、ガラを描くことで表現している。

ガラの死から7年後
ダリも後を追うように逝ってしまった。

すべての芸術の源は
「愛」にある。

by Ricophoo | 2006-11-11 10:05 | アート | Comments(2)

夜明け

懸賞 2006年 11月 09日 懸賞

f0036354_22551950.jpg今朝は5時に目が覚めたので
久しぶりに多摩川へ走りに行った。
走り始めは、まだ辺りは真っ暗で
漆黒の空には銀色に光る月と、星達が瞬いていた。
多摩川に出る頃に、少しずつ明るくなってきた。
でも、まだうすぼんやりとした明るさだ。
日の出を背にして多摩川を走る。
だれも乗っていないのか
窓枠だけがくっきりと際立って見える電車が
鉄橋を渡っていく。
静かに水をたたえ、ゆったりと流れる多摩川。
その流れを眺めながら、ぼんやりと地面を蹴る。
新鮮な朝の空気。
ひんやりと、しかも凛とした秋の気配に包まれている。
折り返し、踵を返して帰途に着く。

f0036354_2253639.jpg突然、目の前に広がる
オレンジと青のグラデーション。
まだ誰もみつけていない
もぎたてのフルーツのような、早朝の空の風景。

美しい。

神が、この地球に舞い降りて着たかのごとくである。


f0036354_22582661.jpg
あまりの美しさに言葉を失う。
自然に涙があふれ出た。

涙と一緒に
心が洗われる、そんな気がした。

by Ricophoo | 2006-11-09 23:00 | スポーツ | Comments(2)

一葉(kazuha)

懸賞 2006年 11月 09日 懸賞

新宿御苑大木戸門出口から歩いて0秒のお茶屋さん
一葉「かずは」でランチを摂る。
「一葉」は、日本各地のお茶どころから取り寄せた美味しいお茶の葉が売っている。
ぱっと見、ちょっとこじゃれたただのお茶屋さんと見受けられるが、
しかし、ただのお茶屋さんではない。
店内にはJAZZが流れ、狭いけれど小さなブースが4つくらいあり、
柔らかなソファーと小さなテーブル。

とてもオシャレで品のある素敵な器に入った
湯葉ゴハンやあんかけソバ、あんかけうどん、
玄米焼きウドン、きのこうどんなどの食事ができるのだ。

湯葉ごはん(柴漬けと美味しい卵焼き付き)や
きのこうどんには
白玉ののデザートがついてくる。(あんこときなこが選べる)

f0036354_172249.jpg今日は湯葉ごはんを食す。
とろりとしたあんかけ風になってて
湯葉がたくさん。
熱くてふぅふぅしながら食べた。
身体がとっても温まった!

しかもお茶屋さんだけあって、丁寧に入れてくれた
ほうじ茶のサービスがある。
今まで、こんなに美味しいほうじ茶を飲んだことが無い。
香ばしくて、香り豊かで、深みのある味。
鉄瓶に入れたお湯を一緒に持ってきてくれるので
何杯でもおかわりOK。

ゴハンだけじゃなく、もちろん
和風デザートも豊富だ。
販売している各地のお茶も
注文して飲むことができるみたいだし。

ランチをとっていると
お店の人とお客さんの会話が聞こえる。
なんと、このお客さん
逗子から、わざわざ買いに来たということだ。
「ここのお茶を飲んだら、ほかは飲めなくなっちゃった・・・」とか。

小さなお茶屋さんなので
みんなわからずに通り過ぎてしまうみたいだ。
なので、店は静かでとても落ち着いている。
一葉は、忙しい仕事の合間に
ホッとする時間と、空間を与えてくれる。

素敵な隠れ家、発見の巻。

by Ricophoo | 2006-11-09 01:01 | おいしい | Comments(2)

物語がはじまる☆

懸賞 2006年 11月 07日 懸賞

立て続けに
川上弘美さんの作品を
3冊読んだ。


f0036354_102064.jpgf0036354_105794.jpgf0036354_111585.jpg






「ざらざら」
「物語が始る」
そして
「神様」だ。

ああ、もう身もだえするくらい
川上さんの小説の世界が好きだ。

特に「神様」は「龍宮」と甲乙つけがたいほど
良かった。
川上さんのデビュー作だ。
デビュー作とは思えないほど
何者にも侵す事のできない世界が構築されている。

「好き」に理屈はいらない。
とにかく彼女の描く
白日夢のような、迷宮の御伽噺のような
そんな世界に一歩でも足を踏み入れてしまったら
その柔らかで温かで、すこし切なく
不思議で怪しい、その場所から
日常に戻りたくなくなってしまう。
私にとって麻薬のような小説である。

公園の砂場で雛形の三郎を拾いたい。
くまに誘われて河原にハイキングに行きたい。
河原でのんびりサンドウィッチやおにぎりを食べて
昼寝したい。
花野の叔父と、あわびと海鼠と葛きりとざくろとそら豆の
午餐がしたい。
河童玉に座りたい!
河童たちと、時に恋の悩みを打ち明けあったり
歌い踊り過ごしたい。
ヒラノウチさんの育てたトカゲに乗りたい!
婆たちと穴日和に穴の中に入って
笑って、泣きたい。

三郎+くまは、これ以上もこれ以下も無い
理想の恋人だ。
ん~
でもやっぱり一番すきなのは
村上春樹さん著「かえるくん東京を救う」の
「かえるくん」かな。

by Ricophoo | 2006-11-07 01:08 | | Comments(0)

カポーティ

懸賞 2006年 11月 05日 懸賞

f0036354_23362140.jpg自由が丘のサロンへ行った後
恵比寿の東京都写真美術館へ
「コラージュとフォトモンタージュ展」を観にいった。





f0036354_2336476.jpg時折、遊びでコラージュの作品を作ってみたりする。
そのアイデアやヒントにもなるかと思って観にいった。
←コレは数年前の自作コラージュ



日本でも古くから「横浜写真」と呼ばれた外国人向けの
お土産にこのコラージュやフォトモンタージュが絵葉書として
使われいたらしい。
もっとポップアート的なものを想像していたので
メッセージ性の高いものも多く、難しい部分もあった。
前衛美術的要素も色濃く、
ダダイズムやキュビズム、果てはシュルレアリズムに
至るまで、その表現は様々で、実に興味深かった。

f0036354_23374044.jpgその後、恵比寿ガーデンシネマに
「カポーティ」を観にいった。
フィリップシーモアが
トルーマン・カポーティ役を怪演し、絶賛を浴びた作品だ。

ティファニーで朝食をなどの作品が有名な作家
トルーマン・カポーティが、ある日カンザスの田舎町で起こった
惨殺事件の新聞記事を目にすることから物語が始る。

当時人気絶頂だったカポーティは、文学の
新たなる新地を切り開く野望に燃え、
この惨殺事件を取材し、壮大なノンフィクション作品にしようと考える。

犯人の一人、ペリー・スミスは取材を続けるうち
実は、自分と同じ孤独で傷つきやすい
繊細な心を持っていることを知る。
やがて二人は人間同士として深く心を通わせていく。

ところが、この小説を執筆していくうち
殺人の動機に口を閉ざすペリーに苛立ち
死刑執行が延期になるたび小説が完結しないことに
焦燥をかくせないカポーティ。
ペリーの死を恐れながら、ペリーの死を切望する
矛盾した感情に、次第に精神的な窮地に追い込まれていく。
死刑執行が決まり、「彼を救えなかった」と呟くカポーティに
ネルが「本気で救う気なんてなかったでしょう?」とぽつり。
ペリーと関わることで、自分の闇の部分を思い知らされ、
自分と向き合うことを怖れ苦しみ続ける。

出版される小説のタイトルは「冷血」。

それは、犯人の冷徹無比な犯行、自分の中の
闇に流れる無情な血の意味を持つ・・・。

カポーティが作家として2度と大作を書けなかったのは、
『冷血』を超える作品を二度と世に出すことができない怖れのようなものも
確かに合ったに違いないが、
また、本を書くことは再びあらゆるものと深く関り合い
自分の本質とも向き合わなければならない、
その恐怖に耐えることができなかったのではないだろうか?

それにしてもフィリップ・シーモアはすごかった。
多分数年後、映画の内容は忘れても
シーモア演ずるカポーティの声は覚えているだろう。

by Ricophoo | 2006-11-05 23:40 | 映画 | Comments(0)

考える足

懸賞 2006年 11月 04日 懸賞


f0036354_22344593.jpg代々木のB&Dで足型を測定してもらった。
実は前から気になっていて、
一度トライしてみたかった機械だ。



ま師匠が、ランニングクラブの練習が終わって
ゴハンたべた後、シューズを購入するというので
代々木のB&Dへ一緒に行って、ちゃっかり私も
測定させてもらうことになった。(もちろん無料だけど)
一人で行く時は、シャイになって店員さんに声もかけられないのに
仲間がいると、どうしてこんなに気が大きくなっちゃうんだろう?

測定は、アシックスの足の分析データの機械で行い
コンピューター処理された情報を
すぐにプリントアウトしてくれ、係りの人が
いろいろと説明を施してくれる。

プリントされたデータによると
私の足は右が216.2mm、左が221.2mmだということだ。
左と右で随分大きさに差がある。
その原因として、大きいほうの足の
アーチが下がって全体的に足自体の形が広がってしまって
いるのでは・・・?ということだ。
でも、私の場合小さい右足のほうが
アーチが低く、大きいとされる左足のほうがアーチが高くなってる。
なぜだ?
生まれつきっていうこともあるらしい。
かかとの傾斜角度はほぼ正常値。
あと、少し内反気味らしい。

しかし、この分析結果より、衝撃を受けたのは
なんといっても、すべての足の指が広がらないことだった。
親指だけは自由に広げたり反らせたりできるのだが
どんなに意識して力を入れても
あとの4本の指が広がらない・・・。
これが普通だと思っていたが
隣りで師匠が「足でグーチョキパーができるんだよぉ!」などと
これみよがしに妙にはしゃいでいる!(ちきしょー!)

綺麗なアーチを作るためには
足の指を広げる訓練をすると良いらしい。

親切な係りの人が、「足でタオルなどを掴むような
練習をすれば効果がありますよ」と教えてくれた。

私のような、ちょっと癖のある
足を持つ人間にはアーチを正しく機能させるために
カスタムメイドのインソールをシューズに
入れると良いらしいので
早速作ってもらうことにした。

インソールは、ピタリと足にフィットするので
シューズの中で足がずれることも無いのでマメもできにくくなる
ということだ。
また、アーチをサポートすることで、
身体の左右に均等な力配分を促し、
疲労の軽減、怪我の予防にも繋がると
本当にいいことづくめだ。

f0036354_22401966.jpgインソールを作るに当たって
新しいシューズも購入した。
アシックスのレディゲルフェザーだ。
このシューズ自体もアーチサポートの機能の高いシューズだ。

軽くて履きやすい。
店員さんが上手なシューズの紐の結び方を
丁寧に教えてくれた。
広がっている足を全体に寄せて上げるようにしながら
紐を上に引っ張りながら締めていく。
一段目を締めたら、また寄せて上げて・・・の繰りかえし。
最後は、一番上の穴にわっかをつくり
それぞれ左右の紐を入れて
締め上げる。
これで足首まで、キュッと包み込まれるのだ。
足全体が、靴と一体化している感じだ。
体の一部に溶け込んでいるような感覚。

いままで私がどんなにか
シューズを粗末に扱っていたか、
大いに反省した。
紐などあってないようなものとしか
捉えていなかった。
マメができたのも、爪が剥がれたのも
実は、紐の結び方すらちゃんとしていなかったからなのかも?

ランナーにとってシューズは
レースを共に戦う同志。

もっと真剣にシューズや自らの足と向き合っていこう。

by Ricophoo | 2006-11-04 22:44 | スポーツ | Comments(2)