<   2010年 09月 ( 1 )   > この月の画像一覧

懸賞 懸賞

かっこよすぎる海女

懸賞 2010年 09月 11日 懸賞

f0036354_019382.jpg少し前、「美しすぎる海女さん」というのが週刊誌やテレビで話題になっていました。
しかし、ここで紹介するのは、「美しすぎる海女さん」ではなく、私の心に強烈な印象を残した一人の「かっこよすぎる海女さん」のお話です。

海女さんというのは、ご存知の通り、素もぐりというきわめて原始的な方法で、海底に潜む鮑やサザエなど海産物を採取する仕事を行う女性のことです。
この潜水作業は、今から2千年以上も昔から同じ方法で続けられているというのですから驚きです。

沖に出て20キロの重りをつけて冷たい深海に何度も潜り、1日何十キロもの鮑やサザエを獲るのは、女性の仕事としては想像を絶する過酷なものだと思われます。

この仕事を天職だとばかり15歳から実に63年間も、この海女という仕事に従事してきた「村一番の海女」中村とみさんが、長年潜り続けた三重県志摩、越賀の海でその78年の生涯を閉じました。

8月26日の朝日新聞「五線譜」に山吉健太郎さんが書いた記事です。

越賀は、志摩半島の先にある漁村。
戦後の最盛期には166人もいた海女は、今は30人ほどしかいない。
とみさんは夫の源司さんと2人だけで漁に出る「舟人(ふなど)」」の最後の一人だった。
とみさんは鮑やイセエビの漁場を覚える名人だ。一日で70キロの鮑をとったこともある。
世話になった人には鮑やサザエを気前よく配った。男もかなわないほどの酒豪で飲むほどに明るくなった。
「海で死ねたら本望だ」が口癖だった。
その日も普段どおり20キロの重りを抱えて深い海に潜った。
船上の源司さんに命綱を引き上げるよう合図が来た。
だが、海面に浮かんだ時に意識はなかった。急性心不全だった。
海女仲間はみんな駆けつけた。まるでうたた寝をしているような、静かな表情だった。
ただ、口はしっかり結ばれ、海水を一滴も飲んでいなかった。
「引き上げるのが遅くて、溺れさせてしまった」と源司さんが悔やむことがないよう、最後も気遣ったのだろうか。海女さんたちは「とみさんらしい」といい、その死を惜しんでいる。

とみさんは、歴史に名を残すような仕事をしたわけではありません。
テレビに取上げられ、ちやほやされるような仕事をしていたわけでもありません。
数万人の観客の中で、拍手喝采を浴びるような仕事をしていたわけでもありません。

三重県、志摩半島の先にある小さな田舎の漁村。
海女という、道を若くして選び、来る日も来る日も深い海に潜り、生活の糧を得、「海で死ねたら本望だ」という言葉通り、海女という仕事を全うして、人生を終えられた中村とみさん。
記事を読み終えた後に、羨ましい気持でいっぱいになりました。

自分の身一つで家族の生活を支え、「ここで死ねたら本望だ」と言えるような一生涯を捧げる仕事を持ち
そして本当に自らが望んだ場所で天寿をまっとうできる人間が、この世の中にどれだけいるのでしょうか?

最後の瞬間まで、中村とみさんは海女でした。

大臣だとか、社長だとか、、セレブだとか、そんな社会通念上の肩書きなどは、とみさんの前では、なんとも軽いものに感じます。

「村一番の海女」中村とみさんに与えられた最高の称号です。

とみさん、あなたは、最高にかっこよすぎる海女でした。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

by Ricophoo | 2010-09-11 00:05 | その他