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最後だとわかっていたら

懸賞 2011年 03月 28日 懸賞

2000年10月に一人の野球選手がこの世を去りました。
藤井将雄選手、福岡ダイエーホークスの投手として、1999年には最多ホールドを獲得、「炎の中継ぎ」と称され、チーム内での信頼も厚く、ダイエーのリーグ優勝の原動力となった素晴らしい選手でした。

藤井投手は、闘病中に、ご自身のホームページで日記を公開されていらっしゃいました。
肺がんという病と闘いながらも、このホームページで彼は、愚痴や弱音を吐くこともなく
人を思いやる優しい言葉が綴られていました。
日記はダイエーとジャイアンツの日本シリーズが行われる直前の2000年10月17日(管理人代記)で終っています。

中継ぎ投手ということもあり、花形選手ではなく、どちらかというと大人しい地味な選手でしたが
野球人として、人間として彼をとても尊敬していたので、彼の死は本当にショックでした。
どうしても、藤井選手の素晴らしさをダイエーファンの人だけではなく、もっと多くの人に知って欲しくて
10年前の10月19日に彼のホームページのことを朝日新聞に投稿しました。

あれからもう10年が過ぎました。

3月11日に突然起こった大震災で、被災地の方々の多くが愛する人や愛する家族、愛する町を一瞬のうちに失ってしまいました。その深い悲しみを思うと胸が潰れそうになります。

明日という日は必ずやってくると、誰もがみなそう思いながら生きています。
だけど、私たちが過ごす、このありふれた毎日は、実は永遠ではないのだということを
この大震災で改めて思い知らされました。
毎日送られてくる悲惨な被災地の映像を、何も出来ずただ茫然と見つめている時
藤井選手の日記に綴られていた言葉が蘇ってきました。

「自然の力の前では、人間の存在がちっぽけに思えます。昨日までは笑顔で生活していても、地震や水害などの自然災害で一瞬にして笑顔の無い生活に変わってしまいます。怪我や病気も同じことが言えるような気がします。僕たちの、このありふれた平凡な生活は、本当はとても壊れやすく、笑顔の絶えない生活を無くさない方が奇跡に近いんじゃないでしょうか?平凡な生活が、本当は一番幸せなのかもしれません」


そして2001年9月11日
アメリカ同時多発テロが起こり、多くの方が犠牲になり
人々のありふれた日常が一瞬のうちに壊されてしまいました。

ここに救助のためツインタワーに突入し、命を落とした
レスキュー隊の消防士の方が生前に記した一編の詩があります。



【最後だとわかっていたなら】

あなたが眠りにつくのを見るのが最後だとわかっていたら
私はもっとちゃんとカバーをかけ神様に、その魂を守って下さるよう祈っただろう。

あなたがドアを出て行くのを見るのが最後だとわかっていたら
私はあなたを抱きしめて、キスをして、そしてまたもう一度呼び寄せて抱きしめただろう。

あなたが喜びに満ちた声を上げるのを聞くのが最後だとわかっていたら
私はその一部始終をビデオに撮って毎日繰りかえし見ただろう。

確かにいつも明日はやってくる。
見過ごしたことも取り返せる。
やり間違えたこともやり直せる機会がいつも与えられている。

あなたを「愛している」ということはいつだってできるし
「何か手伝おうかと声をかけることもいつだってできる。
でもそれが私の勘違いで今日で全てが終るとしたら、
私は今日どんなにあなたを愛しているか伝えたい。

そして私たちは忘れないようにしたい。

若い人にも、年老いた人にも明日は誰にも約束されていないのだということを。
愛する人を抱きしめるのは今日が最後になるかもしれないことを。

明日が来るのを待っているのなら、今日でもいいはず。
もし明日が来ないとしたら、あなたは今日を後悔するだろうから。

微笑みや、抱擁や、キスをするためのほんのちょっとの時間をどうして惜しんだのかと
忙しさを理由にその人の最後の願いとなってしまったことを、どうしてしてあげられなかったのかと。

だから今日、あなたの大切な人たちをしっかり抱きしめよう。
そして、その人を愛していることを
いつでも、いつまでも大切な存在だと言うことを、そっと伝えよう。

「ごめんね」「ゆるしてね」や「ありがとう」や「気にしないで」を伝える時を
伝える時を持とう。
そうすれば、もし明日が来ないとしても、あなたは今日を後悔しないだろうから。

by Ricophoo | 2011-03-28 23:10 | その他

東北・関東大震災

懸賞 2011年 03月 22日 懸賞

3月11日、東北・関東地方を巨大地震が襲いました。
そして数分後に押し寄せた大津波により、歴史上かつてないほどの大被害をもたらし、数多の尊い人命が奪われてしまいました。
被害に遭われた被災地の方々に慎んでお見舞い申上げます。

また犠牲になられた方々のご冥福をお祈りすると共に、未だに1万人以上の方々の安否が確認できていません。安否の確認ができていない方々のご無事と、一刻も早い復興を心からお祈り申上げます。
大地震、大津波、原発事故、想像を絶する惨状がテレビに映し出されるたびに胸が引きちぎられる思いになります。
泥の海から救い出された赤ちゃんを抱き、立ちつくす母親の姿。行方不明の母を呼び泣き叫ぶ少女や、濁流にのまれながら家族のために生きようとしたと語る父親の姿がありました。目をそらしてしまいたくなるような痛ましい映像ですが、これは今起きている現実です。被災地にあって、命そのものに対峙して、生きることに懸命の力を振り絞っている人たちがいます。
避難所で寒さに震える人たちに毛布を届けたい。
おなかをすかせている子供達やお年寄りに温かい食べるものを届けたい。
赤ちゃんにミルクを、病気で苦しんでいる人に薬を届けたい。
何も出来ず悔しい思いで、テレビの前で涙を流し続けていました。
救援物資を届けたくても、ボランティアで被災地に駆けつけたくても、個人で動くことは混乱を招き、逆に救援の妨げになってしまう現実。原発事故で、義捐金は届けられても、復興への一歩を歩みだすことも出来ずにいる歯がゆい現実。
震災から10日が過ぎ、
今私たちは何をなすべきか?
今起きていることを直視すること。
そして何を考え、どう動くか?
国中で自己を直視し、内観し、行動することが大切だと思います。

わずか10日前には、桜のころを思い春が待ち遠しく笑顔で過ごす人々がいました。その人々の笑顔が突然の災害によって一瞬のうちに奪われてしまいました。
被災地以外に住む人間にとって
人々の絆とは、自然とは、原子力発電という科学の進歩、文明の進歩とは何か?
この難問は原発の恩恵に甘受し日々の生活を快適に送ってきた私たちに今まさに突きつけられた問題です。
悲しみの涙の淵に沈もうとも、それを直視し考えていく他に私たちに術はありません。
悲しみに沈殿しているだけでは、前に進めません。
立ち上がり、どんなに困難でも復興への道を一歩一歩力を合わせて歩んでいくしかないのです。
震災直後、中国、韓国の隣人達が救援のためいち早く駆けつけてくれました。
アメリカ軍は三陸沖に空母を派遣し、ヘリポートの基地を提供し、ロシアは天然ガスの供給を提示しきてくれました。窮状を抱えるニュージーランドからも優しい善意の手が差し伸べられています。北朝鮮の金主席からはお見舞いの声明が出されたといいます。世界の数多くの国から多くの救援が来ています。
救援物資が届かず、避難所で過酷な避難生活を強いられている被災者の方々の苦労を思うと身が引きちぎられる思いですが、日本中、世界中が同じ地球に住む、地球人として、心を一つにして歩んでいけば、必ずいつの日か笑顔を取り戻すことができると信じています。
止まない雨がないように、明けない夜はありません。
愛と思いやりそしてみんなの努力で必ず復興できる日が来ます。
世界中の人々が胸を痛め、救援の手を差し伸べています。

今日ニュースで聞いたボランティアの方の言葉が印象的でした。
「被災者の皆さん、決して頑張って下さいとは言いません。しかし、私たちに甘えてください」

不安で胸が押しつぶされ眠れぬ夜を過ごしていらっしゃると思います。
被災された方々の苦しみをすべてわかることはできませんが、
どうか信じてください。
私たちは共にここにいます。

今週から、今の業務を離れ、被災地の対応業務のサポートを行って欲しいと上司からお話を頂きました。
義捐金の他に何か私にもできることがないかと考えていたので、大したスキルがあるわけではありませんが、微力ながら被災地の方々の為にお役に立てるよう一生懸命働きたいと思っています。

by Ricophoo | 2011-03-22 00:18 | その他