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127時間

懸賞 2011年 08月 21日 懸賞

今年の夏は北八ヶ岳に登りました。
北八ヶ岳は、アクティブで情熱的な山と称される南八ヶ岳とは違った、「静」の山、幻想的で、瞑想的な美しい哲学の山でした。
人間が誕生するはるか昔から、聳え立つ山々はありました。その懐で動植物を育み命を繋ぎ続けてきた大自然が、そこにはありました。
苔生した原生林の森を歩き、巨大な岩々の上をよじ登りながら、私たち人間がどれほどちっぽけで頼りないものか、と言うことを思い知らされた気がします。そして自然の中では人間は常に驕ることなく謙虚でなければならないということを。

f0036354_2311719.jpgシネクイントで公開されていたダニー・ボイル監督作品「127時間」を観て来ました。
(7月の封切り直後に一度観たのですが、八ヶ岳から帰ってきて、もう一度見たくなり、結局2度も観てしまいました。)
「127時間」はこの映画の主人公でもあるアーロン・ラルストン氏の書いたノンフィクション『奇跡の6日間』(小学館刊)を基に、実際に自身に起った遭難事故を描いた作品です。

「127時間」というのは、主人公アーロンが事故に巻き込まれてから、奇跡の生還を果すまでの経過時間です。

2003年4月25日の金曜日深夜、山登りやトレイルを趣味とするアーロンは、ユタ州のキャニオンランズ国立公園に向けて、誰にも行き先を告げずに出発します。
車中で一泊した翌日、マウンテンバイクと徒歩で目的地であるブルー・ジョンを目指します。アーロンは山や自然が大好きな、少しだけ自信過剰なところを除けば、どこにでもいそうなごく普通の青年です。途中で知り合った女の子達と大きな岩の峡谷に出来た自然のプールで楽しく遊んだり、週末のパーティに誘われたりと、気ままで、ごく普通の一人旅を楽しんでいました。
ところが女の子達と別れ、一人で狭い谷間を通っていた、ほんの一瞬に事故は起こります。
足を滑らせたアーロンは、たまたま落ちて来た岩に右手を挟まれてしまいます。
通常のコースからは遠く離れた独自のルートを通っていたために、大声で助けを呼んでも誰にもその声は届きません。右手を完全に岩に挟まれて、まったく身動きが取れない状態のアーロン。
リュックの中のロープや道具を駆使して岩を動そうとしたり、なんとか岩を少しずつ砕いて右手を動かすことが出来ないかと試行錯誤を試みるものの、右手を挟んだ岩は、びくともしません。
24時間血の通わない右手の指の感覚は無くなり、壊死が始まります。
食料は殆ど無し、残された水は僅か400ccのボトル一本のみです。
錯乱と失意のなか、一日、二日…と時間が経過していくうちに、意識も薄れ、ボトルの水をこぼしてしまったり、夜の寒さに身を震わせ、洪水に見舞われ溺れかけたりと…。それでも事態は少しも変わらないまま、もがき続けるアーロンをよそに時間(間違いない死へのタイムリミット)だけが容赦なく過ぎていきます。
最悪の事態を覚悟したアーロンは、両親へ向けて遺言を残すかのごとく、ビデオカメラで自らの最期の日々を記録していきます。
薄れていく意識の中で、アーロンは様々な幻影を見ます。
走馬灯のように蘇ってくるのは、自分を愛してくれた家族との思い出。
別れた恋人との思い出。優しかった人たちへ、自分がしてきた小さな裏切や甘え。
今まで自由奔放に生きてきた事への後悔や反省。
同じように、それはアーロンが幼い頃に抱いていたはずの自然に対する畏敬の念にも反映されていたのかも知れません。
ダニー・ボイルは、この最悪の状況に陥った主人公の、ともすれば暗く、絶望に満ちた心理状態、隔離された小さな世界と単純なストーリーを、現実と幻想、主観と客観、スプリット・スクリーンなども駆使した映像テクニックで、テンポ良く繋いで、見ごたえあるエンターテイメント作品に仕上げているところは、さすが「スラムドック$ミリオネア」の監督だと唸らされます。
そして、クライマックスへ向けての展開は、肉体的にも精神的にも非常に痛い展開となりますが、ボイルはイメージの世界へは逃げずに、ストレートの直球を投げてきます。
思いっきりアーロンの痛みを強調する演出をしているので、私のような怖がり(痛がり)は指の隙間からスクリーンを覗く事になります。
命尽きる直前に目の前に浮かんだ、自分の未来に関するビジョンを見たアーロンは、最後の力を振り絞って、ラストで自分の腕を切り落として岩の間から生還します。
奇跡と一言で片付けるのは簡単ですが、絶望の底にいても決して希望を失わず諦めない心、
何より生きたいと願う強い気持ち。
それがアーロンが奇跡の生還者になった大きな理由の一つといえるでしょう。

自分が生まれるはるか昔から、岩はそこにあり、自分が足を滑らせて岩に挟まれることは、自分が生まれるはるか昔から決まっていたのだ…
そしてアーロンは生還しました。

私たちの運命なんて、きっとそんなはるか大昔からの壮大な自然の理の一部にすぎないのかもしれません。

by Ricophoo | 2011-08-21 22:50 | 映画

おじいさんと草原の小学校

懸賞 2011年 08月 20日 懸賞

f0036354_22563234.jpg神保町の岩波ホールでジャスティン・チャドウィック監督作品「 おじいさんと草原の小学校」言う映画を見て来ました。
世界最高齢の小学生としてギネスにも載ったケニアに住む84歳のおじいさん(キマニ・マルゲ)の実話に基づいたお話です。

ケニアは、アフリカ大陸東部、赤道直下にある高原の国です。首都はナイロビ。
1963年、「マウマウ団の乱」という民族独立運動が大きな力になり、英国の植民地支配からの独立を果たしたといいます。主人公のマルゲは祖国解放を目指した、このマウマウ団の一員で独立運動の戦士でした。祖国の自由のために闘い続けてきたマルゲ゙でしたが、幼い頃からの貧困と独立運動への参加から教育を受ける機会がありませんでした。
マルゲはABCの簡単な文字さえ読むことも書くこともできないので自分自身に来た大切な手紙を読むことができずに長い間過ごしてきました。
英国植民地支配解放から39年後の2003年にケニア政府がついに全国民の無償教育制度を導入することになりました。
多くの子供と親たちが小学校の前に押し寄せる中に長身の老人マルゲもいました。
自身に来た大切な手紙を自らの力で読みたい!学校に行って読み書きを覚え、勉強がしたい!
それが84歳のマルゲの夢でした。

当然のように仲間からの嘲笑を浴び、周囲からの様々な反対や妨害を受けますが、マルゲの信念は変わりません。何度門前払いされても学校の門の前に立ち入学を願うマルゲ。
あきらめない彼の熱意と情熱に校長のジェーンの心は動かされ、ついには小学校への入学を認めてもらえます。
小さな子供達に交じり、生まれて初めて学ぶことの楽しさを体験するマルゲ。
しかし、50年が経った今でも、妻子や仲間を目の前で虐殺され、自らも強制収容所で拷問にかけられた壮絶な過去、悪夢の日々は彼の脳裏から離れることはありません。
抑圧と抵抗、暴力は暴力でしか解決できないのでしょうか?
「文字は力だ」という台詞に、学ぶことの大切さ、教育こそが真の独立への道なのだというメッセージをマルゲは伝えたかったのではないでしょうか?
過去に打ち勝ち、未来を変えるためにマルゲは勉強を続けていきます。

「土に帰るまで人間は学ぶことができる」「私にとって自由とは、学校に行き学ぶこと。もっともっと学びたい」等の台詞には説得力があり、深い感銘を受けました。

2009年にマルゲは亡くなっていますが、亡くなる直前には教育の大切さを訴え、国連で演説をされたそうです。ABCさえ書くことも読むこともできなかった、小学校の校門の前で「老人は家に帰って死んでろ!」と、酷い言葉で追い返された、おじいさんがです。
タイトル横に書かれてある「まだ終わりじゃない」のコピーに心が震えます。
人間には無限の可能性があるのです。遅すぎることなんていうことは、この世の中には何もないのだと言うことを実感しました。
情熱と信念と強い気持があれば、夢は必ず叶うのです。
「誰にだってチャンスはある。だから死ぬまで諦めない。」
映画の中のマルゲの言葉に、私はたくさんのことを学んだような気がします。

by Ricophoo | 2011-08-20 22:44 | 映画

レッスルマニア

懸賞 2011年 08月 07日 懸賞

12歳のポルトガルの天才歌手ミゲル君が歌う
消臭力のCMを見るたびに「長州力」を思い出すのは、私だけではないだろう。

反逆の咬ませ犬、長州力。

忘れもしない1982年10月8日後楽園ホールで行われた自身の凱旋帰国試合で当時タッグを組んだ注目のエース候補生 藤波辰巳に嫉妬の炎を燃やし放った「俺はお前の咬ませ犬じゃない!」発言はプロレス史に残る名言である。

これがきっかけで、それまであまり目立たなかった、どちらかというと不器用な男が見せた決意の造反は、革命戦士の名を欲しいままに、その後の長州力人気は爆発的なものになっていった。

そんな長州も今年で59歳になるという。
先日電車の中吊りで、久しぶりに長州力という名前が、目に飛び込んできた。

長州力が、なんと12歳年下の奥さんや、三人の娘達に10年以上にも及びDV(ドメスティックバイオレンス)を行っていたという。
記事によれば小柄な奥さんをリフトアップして壁に叩き付けたり剥離骨折や打撲は日常茶飯事だったとか…。本人から話を聞いたわけではないので真意の程は定かではない。
長州のDVが事実なら困ったものだが、10年以上もプロレスラーのDVに耐えた奥さんがなんと言っても凄いと思う。
私も自慢じゃないが、幼少の頃より、3つ上の兄にプロレス技をかけら続けたせいで、いつも生傷が絶えず、小学校へ上がる前には、テクニックを学んだ訳ではないのに既に逆四の字を自ら習得していたという経歴をもっている。
私の場合、小学生の兄にひどい目に合わせられるくらいで済んでいたが、奥さんはプロレスラーに暴力を振るわれていたわけで・・・・まったく剥離骨折や打撲でよく済んだものだ。
長州的には軽く突き飛ばしたつもりなのかもしれないが、奥さんにしてみたらたまったものじゃない。
本気でプロレスラーが暴力を振るったら、心得のない小柄な女性なら多分即死するだろうな。

しかし、こんな記事が出て、今一番困っているのは再ブームを狙って日夜趣向をこらし、新しいファン層を獲得するべく頑張っているプロレス関係者だろう。

実は先日、元プロレスラーという経歴を持つ、やまちゃんの紹介で、後楽園ホールに新日本プロレスの試合を見に行った。

向こう正面の最前列、いわゆるかぶり付きの特等席だった。(やまちゃんの紹介がなければ座ることなど不可能な場所だ)
プロレスの特等席というものが、どんなものかが試合が始って数分で判った。

飛び散る汗と血潮!!ぶつかりあう肉体と肉体!場外乱闘で繰り広げられる熱いバトルで柵を壊さんばかりに飛び込んでくるレスラー!48歳女@恐怖と狂喜と興奮で、まさにトランス状態!

三上・獣神サンダーライガーVS邪道・外道の第一試合からジャイアント・バーナード&カール・アンダーソンVS棚橋弘至&後藤洋央紀のタイトルマッチまで全七試合、もう興奮しまくりで○十年ぶりのプロレス観戦をすっかり堪能させてもらった。

f0036354_145437.jpgアンダーソンの片エビ固めで第9回目の防衛を果たしたタイトルマッチもやはり見ごたえがあったが、中でも私の印象に残ったのが、第三試合のヒデオ・サイトーだ。

頭をかきむしり、よだれを垂らしながら入場し、血走った目で宿敵永田を執拗につけ回し、捕らえた永田の首を絞め続けるヒデオ・サイトーの姿は狂気そのもの。本当に恐ろしかった。
やまちゃん解説によれば、長らく自分の立ち位置を見つけられずにいたヒデオ・サイトーにとってこの狂気キャラは、ようやく自らの手で掴んだ自分の立ち位置、つまりはアイデンティティの確立という感じなのだそうだ。

それと同じく、第六試合の鈴木軍(仮)のタイチも私が虜になったレスラーの一人だ。
かつては小島軍(仮)の太鼓持ちとして活躍するも小島が敗れると、小島を裏切り、鈴木軍(仮)に入るというなんとも、せこい小悪党キャラを確立している。正統派レスラーより、なぜかこういう卑怯なキャラに惹かれてしまうのは何故だろう?
まだ若いタイチのこれからの卑怯ぶりに磨きがかかることを期待したい。

あとは第四試合のストロングマンのこの世のものとは思えないほどの隆起した筋肉や、第二試合のプリンス・デイビットのイケ面ぶり。
女性ファンが会場に多数いるのも納得だった。

少し前から、プロレスブームの波が静かに押し寄せてきているそうだ。
売り上げ、観客動員は確実に増え、以前のプロレスブームとは客層も変化してきているという。

私が行った試合でもマニアックな男臭さは無く、初観戦でも楽しめる工夫(大型スクリーンの設置や選手のキャラクター紹介など)が施されており、女性客でも楽しめるライトなイメージで、かといってプロレス本来の華麗な技や迫力はそのままに全7試合がボルテージを上げつつライブ感覚で堪能できる。

日本には現在50以上のプロレス団体が存在し、都内ではほぼ毎日のように試合が開催されている。
8月の終わりには30年以上ぶりとなるメジャー団体参加のオールスター戦が武道館で行われるそうだ。プロレスが新たな娯楽として再炎する日も近い気がする。

by Ricophoo | 2011-08-07 00:56 | スポーツ