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懸賞 懸賞

市馬落語集

懸賞 2013年 01月 31日 懸賞

f0036354_23502559.jpg1月26日有楽町のよみうりホールで行われた「よってたかって新春らくご13 21世紀スペシャル寄席ONEDAY」を観にいきました。

演目は林家扇さん(前座)の「元犬」、春風亭一之輔さんの「黄金の大黒」、柳亭市馬さんの「味噌蔵」、三増紋之助さんの江戸曲独楽、桃月庵白酒さんの「抜け雀」でした。

前座を務めた林家扇さんは林家木久扇さんのお弟子さんです。女性の噺家さんは珍しいですが、明るく歯切れのいい口調でとても聞きやすく、演目は前座噺として有名な「元犬」でしたが基本がきっちりとできています。二つ目になるのも近そうです。

もちろん今回も、お目当ては市馬さんです。今回の演目は「味噌蔵」。
ドケチで有名な味噌屋の主人が出産の祝いのため女房の里へ出かけます。主人の居ぬ間に使用人たちは大宴会を始めます。ご馳走とお酒を用意しドンちゃん騒ぎを行っていると、そこへ一泊してくるはずのドケチの主人が帰ってきます・・・。
メリハリの利いた口調と演技で掴みはOK、爆笑の中どんどん話に引き込まれていきます。
さすが市馬さん。「間」がいいと言うのはこういうことかと得心しました。
今回市馬さんの次に聞きたかったのが、落語手帳で「古典落語のニューウェーブの旗手」。上手くて面白い「羊の皮を被った狼のような古典」と書かれていた桃月庵白酒さんです。演目は得意の「抜け雀」だけあって文句なく面白かったです。
「シレっとした顔で強烈な毒を吐くマクラ」も聞けて大満足の一日でした。

その興奮冷めやらぬ1月29日には、王子の北とぴあ つつじホールで行われた「初春 市馬落語集」を観に行きました。
「市馬落語集」ですから、もちろん市馬さんと、そのお弟子さんの落語だけで構成されています。
色物があったり、様々な流派の落語家が集う寄席とは違って、こうした落語集は独演会のような敷居の高い雰囲気が伺えます。
前座は市助さんの「子ほめ」。
とにかく大きい声を出すこと。はっきりした話し方をすること。前座のうちは笑いを取るというよりそういう基本が大切だという市馬さんの指導の賜物でしょうか?とても聞きやすくて面白い与太郎話でした。
市馬さんの「茶の湯」で市馬節を堪能。
中入のあとは二つ目の市楽さんです。「お菊の皿」は番町皿屋敷のお菊さんをコミカルに描いた新作と古典の中間のようなお話でした。師匠の演目の間に挟まれた緊張感の中で弾ける感じが良かったです。
とりは再び市馬さんの登場で「うどんや」でした。
うどん屋とうどん屋の主人にからむ酔っ払いとのやり取り、屋台を引くうどん屋の呼び込みの声や、客がうどんを食べる時のしぐさなど、市馬さんの所作の上手さに唸りました。市馬ワールド全開!
「うどんや」は、まさに市馬さんの魅力を余すところなく楽しめる演目でした。

ひとりひとりの落語家に得意の持ちネタといわれるものがあります。
立川談志の「芝浜」「鼠穴」「らくだ」「粗忽長屋」・・・・
古今亭志ん朝の「船徳」「愛宕山」・・・
市馬さんの師匠である柳家小さんも「猫久」「笠碁」「猫の災難」などの名人芸といわれる持ちネタがたくさんあります。市馬さんのやった「うどんや」もその一つです。

市馬さんもこれから10年、20年と年齢を重ね、更に芸を磨かれていかれることでしょう。
いつの日か小さん師匠の「うどんや」を越える日がくるかもしれません。
市馬さんの「うどんや」に大きな期待をよせる市馬ウォッチャーのつぶやきです。

by Ricophoo | 2013-01-31 23:39 | 落語 | Comments(2)

落語2013

懸賞 2013年 01月 20日 懸賞

f0036354_2316744.jpg笑う門には福来る お正月とくれば新春寄席。
実は今年に入って既に3回も寄席に出掛けています。

ここのところの江戸時代熱も手伝って、やはりお目当ては古典落語です。

1月4日には東京都江戸東京博物館ホールで行われた「えどはく 新春寄席 笑っておめでとう2013」を観にいきました。
出演者は柳亭市江さん、入船亭扇辰さん、漫才コンビのナイツさん、柳亭市馬さんでした。
扇辰さんの「千早ふる」も良かったですが、市馬さんの「八五郎出世」には完全にやられてしまいました。声よし、所作よし、話よし!今回初めて聴いた噺家さんでしたが、もうすっかり大ファンになってしまいました。家に帰って調べてみたら「古典落語の面白さをストレートに伝えてくれる噺家に会いたければ、市馬さんを追いかければいい。」といわれるほど当たり前の落語を最高に楽しく聴かせてくれる、とにかく何を聴いてもハズレのない噺家さんだと知りました。

その興奮冷めやらぬまま1月6日には国立演芸場で行われた「新春国立名人会」を観にいきました。所謂「初席」というやつです。
出演者は三遊亭白鳥さん、林家二楽さん(紙きり)、柳亭市馬さん、ダーク広和さん(奇術)、柳家権太楼さん、灘康次とモダンカンカンさん(ボーイズ)、三遊亭好楽さん、ボンボンブラザースさん(曲芸)、桂米丸さんでした。
白鳥さんの新作落語「マキシムド呑兵衛」はお腹がよじれるほど笑わせてもらいました。
権太楼さんの「雪椿」はどんな話かと思ったら、小林幸子の歌を3コーラスも無理やり聞かされるので有名な演目でした。
お目当ての市馬さんの演目は「かつぎや」。お正月と言うことで御めでたい相撲甚句をまくらに、本題に移る時の心地よささえ感じるほどのさり気ない入りは何もかもが完璧。一言一言が歯切れ良く物語の中に自然に入っていけるのです。サゲは言うまでもありません。体に電気が走るほどの素晴らしさ。市馬さんを追いかけようと決めた一席でした。
好楽さんの「親子酒」米丸師匠の「スリル」は、それなりに面白かったのですが、市馬さんを聴いた後では、もう全てが色褪せしまいます。

市馬さんは1961年生まれの51歳。大分県出身です。1980年「柳家小幸」で前座デビュー、1984年二つ目昇進で「柳家さん好」と改名し、その後1993年真打昇進で4代目柳亭市馬を襲名し現在に至っています。
落語協会の副会長には49歳という異例の若さで就任しています。
古典の上手さ、また柳亭の中でも正統派落語保守本流として確固たる地位を築いているのは、落語家として初めて人間国宝になった、あの柳家小さん師匠の内弟子だと聞けば大いに納得です。更に仲間内では(落語関連の)雑学王と呼ばれるほど、ネタに関する由来やこぼれ話等を知っているそうです。また声の良さ、歌の上手さから、プロの歌手としてCDも出されているそうです。

そんなわけで本日も国立演芸場で「中席」を見てきました。
出演者は三笑亭夢花さん、カンカラさん(時代劇コント)、柳亭楽輔さん、山上兄弟(マジック)、春風亭柳橋さん、やなぎ南玉さん(曲独楽)、三笑亭夢丸さんでした。
夢花さんの「反対車」は歯切れもよくメリハリの良く利いた噺でした。楽輔さんの「幾代餅」は笑いと人情噺がうまく噛み合ったしっとりとしたサゲに唸りました。柳橋さんの「替り目」は酔っ払いと車屋、おかみさんの掛け合いが目に浮かぶようで、ベテランならではの上手さが光っていました。夢丸さんの「かえるのこ」はストーリーは面白いのに、夢丸さんの体調が悪いのか、変な癖なのか、洟をすするような音が気になってかなり聴き辛く
少しがっかりしました。

寄席は楽しいです。映画1本とちょっとの値段で落語や曲芸、漫才にマジックなど盛りだくさんの内容で一日楽しませてもらえるのですから本当にお得です。

東京には定席として上野鈴本演芸場、新宿末廣亭、浅草演芸ホール、池袋演芸場の4席があります。また国立演芸場、お江戸日本橋亭、そのほかホール落語、居酒屋などでも毎日のように落語が聴ける場所があります

落語は演者の個性を楽しむ芸能だと思います。現在700人近くいる落語家の中から、せっせと自分のお気に入りの落語家を見つけていくのが寄席通いの醍醐味のような気がします。

落語手帳なるものも買って準備万端。
市馬さんとの出会いをきっかけに、今年はもっといろんな落語、個性豊かな噺家さんに出会えるといいなと思います。

先日メキシコプロレスを観にいきましたが、偶然隣の席に円楽師匠が座っていました。
何だか今年は落語一色の年になりそうです。

by Ricophoo | 2013-01-20 23:16 | 落語 | Comments(6)

駆ける少年

懸賞 2013年 01月 07日 懸賞

f0036354_23323567.jpgオーディトリウム渋谷でアミール・ナデリ監督脚本「駆ける少年」を観て来ました。
この作品は1985年フランスのナント三大陸映画祭でグランプリを受賞し、世界中にイラン映画の素晴らしさを世に知らしめた記念碑的作品です。
1987年の東京国際映画祭に出品され日本において初めて上映されたイラン映画としても話題を呼んだ映画です。
製作から27年、その伝説のイラン映画の金字塔がついに日本劇場公開となりました。
2013年。今年見る映画第一号として相手に不足はありません。

期待を膨らませ劇場に着き受付でチケットを購入していると、なんとその横には、アミール・ナデリ監督ご自身が立っているではありませんか!

ナデリ監督は、イラン映画を語る上でアッバス・キアロスタミ監督と並び称される大巨匠です。
その巨匠が自ら映画パンフレットを売り、サインと握手までして下さるのです!
しかも上映前には作品に込めたご自身の思いなど、お話もしてくださり、もう感激の極みでした。

舞台は70年代初頭のイラン。ペルシャ湾沿岸の小さな港町。
主人公の天涯孤独のアミル少年は浜辺に打ち捨てられた廃船にたった一人で暮らしています。
ゴミ捨て場や、海で空き瓶を拾い集めたり、氷水を売りあるいたり、靴磨きをしたり、親や兄弟もなく過酷な環境にありながらも、まるでハックルベリー・フィンのようにたくましく毎日楽しく暮らしています。
寂しくなんかありません。彼には好きなものがたくさんあるからです。

アミルの好きなものは、大きな白い船。自由に空を飛ぶ飛行機。外国の綺麗な写真。たくさんの友だちと遊ぶこと。そして何より走ること。

アミルは走ります。海辺でも、砂漠でも、線路の上でも。
ありあまるエネルギーを試すように全身で走り続けます。

徒競走に負けても、なお走り続けるアミルに友達は「なぜ負けても走り続けるのか?」と聞きます。
「自分の力を確かめたかったんだ」とアミルは答えます。

ある日、外国の雑誌を買ったアミルは自分が字が読めないことに気がつきます。
学校に行っていい年齢なのに学校へ行ったことがない事実。
それは誰も学校へ連れて行ってくれる人がいなかったからです。
外国語どころかペルシャ語さえ読めないことに愕然とします。
そして一人で学校に行き文字を習います。

文字を知ることは世界を知ること。
アミルは習った文字をまるで取り憑かれたように一文字、一文字大きな声で叫びます。

文字が読めるようになればここから出て行ける。
白い船に乗って、空を飛ぶ飛行機に乗って、広い世界へきっといけると信じるように文字を叫びます。

ラスト近く、天然ガスの炎が轟々と逆巻く中に置かれた氷の塊を求めて砂漠の中、熾烈な競争を行う少年達。そのクライマックスシーンは、アミルと少年たちの命の輝きが、ほとばしり、美しく斬新な映像と共に見ているものを圧倒します。

「駆ける少年」はアミール・ナデル監督の自伝映画だと上映前に監督ご自身から教えて頂きました。
監督が生まれる前に父親が他界、6歳の時に母親を失ったそうです。

アミル少年と「映画」との繋がりは本編では全く触れられてはいませんが、6歳の頃映画館でコーラ売りのバイトをしている時に、いつか映画を作ることを心に決めたそうです。

12歳で単身テヘランへ渡り、映画会社のティーボーイから始め製作部の雑用係、スチールカメラマンなどを経て1970年「グッバイ・マイフレンド」でいきなり監督デビューを果たし、脚光を浴びます。そしてアメリカで映画を撮るという夢を「マンハッタン・バイ・ナンバーズ」で実現します。

「映画を撮る」という夢を実現するためにひたすら目標に向って突き進んだ監督。それはまさしく「自分の力を確かめたかった」と走り続けたアミル少年そのものなのです。

イラン映画界においてナデリ監督は伝説の映画作家という特権的な立場を確立しています。本作「駆ける少年」と「水、風、砂」は、イラン映画史に燦然と輝く作品です。
この二本の傑作を立て続けに監督した後、監督は忽然とイランを去りました。
その後ニューヨークへ移住した監督は現在に至るまでイランには一時的にすら帰国していないと聞きます。

多分それは、氷の塊を求めて走るアミルと同じように、監督自身、映画を作るという自分の夢や目的を達成するため、「自分の力」や「可能性」を確かめるため、未だに夢中で走り続けている途中なのだと思わずにはいられません。

ぼくははしる。ぼくたちははしる。
もえあがるほのおがやきつくす砂のうえを、
ぼくたちははしって、きょうそうする。
氷をめざして。氷がとけないうちに。
ともだちにおしたおされても、あつさでふらふらになっても、ぼくははしりつづけた。
あきらめないで、はしりつづけて、ついに、氷をてにいれた。
あついからだで、氷をだきかかえて、ぼくはうれしくてさけぶ。
あとからきた、ともだちにも、氷をわたしてあげる。
ぼくがほしかったのは、氷よりもじぶんの力。
ぼくは、じぶんときょうそうしてる。
かちたいあいては、じぶんなんだ。

by Ricophoo | 2013-01-07 00:09 | 映画 | Comments(0)