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懸賞 懸賞

高田郁さんからのはがき

懸賞 2014年 09月 28日 懸賞

f0036354_2064068.jpg高田郁さんのサイン会から10日くらいたった頃、夕方会社から帰ってきてポストを覗くと1枚のハガキが・・・!
なんと高田郁さんからファンレターの返事が来ていました!





先日行った高田郁さんのサイン会で高田さん宛にファンレターを渡しました。
まさかその返事をいただけるとは夢にも思いませんでした。

別れ際に高田郁さんは「いつになるかわからないけど、お返事書きますね」とおっしゃって下さったのですが、今飛ぶ鳥を落とす勢いの人気作家の方ですから忙しくないわけはありません。
ファンレターを渡せただけでもラッキーでそんな風に言って下さるだけでもありがたいことなので、ポストから取り出して差出人のお名前を確認した時には、もうびっくり仰天でした。

ハガキにサインペンで大きく描かれた「みをつくし料理帖」の主人公の澪ちゃんのイラスト。
そして万年筆で書かれた心のこもった丁寧なお返事を下さいました。
お返事の最後に「感謝多謝」と書かれていましたが、感謝多謝なのはこちらのほうです!

高田郁さんは作家としてはもちろんのこと、人間として本当に素晴らしい方です。
高田郁さんの作品は時代小説が殆どですが、読みやすくわかりやすい言葉で書かれています。そして読む人に希望と優しい気持ちを届けて下さいます。
それは高田郁さん自身が大変なご苦労を乗り越えて、様々な人々に感謝をしながら夢をかなえていらしたからだと思います。
みをつくし料理帖の中に出てくる言葉「雲外蒼天」とは―
苦労に耐え努力をすれば必ず雲の向こうには青い空が見えることという意味です。
まさに高田郁さんの人生を現すような言葉です。
高田郁さんはご自身のことを書かれたエッセイ「晴れ時々涙雨」の結びの言葉でこう締めくくられています。
「読者からのお手紙を読むたび、サイン会で直接言葉を交わすたび、そして様々な場所で拙著を読む人と遭遇するたび、深い感謝の気持ちが胸に溢れます。一作ごとに成長することで報いることができればと願います。」
「物心ついた時から今日まで、私は多くの本に出会い、生きにくさを軽減してもらいました。ちりちりと焼けるような焦燥感や底知れぬ悲しみを覚えた時も、本の中の一文に救われたことがあります。ともすれば自己否定に走りがちな屈折した心にしっとりと寄り添ってくれたのもまた、本だったのです。だからこそ、私自身もいつか誰かの人生の伴走者になりうるような小説を書けたらと心から祈っています」

悲しい時も苦しい時も嬉しい時も、私のそばにはいつも高田郁さんの作品と高田郁さんの紡ぎ出して下さった言葉があります。まぎれもなく高田郁さんは私の人生の伴走者です。
私も高田郁さんのような思いやりのある優しい人になりたいです。
高田先生、本当にありがとうございました。お返事のハガキは私の宝物となりました。

by ricophoo | 2014-09-28 20:13 |

リトルフォレスト〈夏・秋)

懸賞 2014年 09月 10日 懸賞

f0036354_22451299.jpg渋谷HUMAXシネマで森淳一さん監督・脚本の「リトル・フォレスト夏・秋編」を観てきました。
「リトル・フォレスト」は2002年から2005年にかけて講談社「月刊アフタヌーン」で連載された五十嵐大介さん作の人気コミック「リトル・フォレスト」が映画化されたものです。
この映画の舞台である小森は東北地方のとある村の中の小さな集落です。
いち子は一度は都会に出たけれど自分の居場所を見つけることができず、ここ小森に帰ってきました。
スーパーやコンビニもない小森での生活はほぼ自給自足の生活です。
稲を育て畑仕事をして、野山で採った季節の食材から毎日の食事を作ります。
生きるために食べる。そして食べるために作る。
現代の人間にとってこれほどシンプルな暮らしがあるでしょうか?
シンプルな暮らしの中で自分の生き方を見つめ直していく いち子の自然な、けれども真摯で懸命な姿に心打たれます。
大量生産・大量消費システムで都会に住む私たちはスーパーやコンビニでいつでも好きなものを好きなだけ手に入れられるようになりました。しかしそこには「生きる=食べる」という当たり前の感覚がありません。
お金を出せば何でも好きなものを買え、お腹いっぱい好きなものを食べられます。
たとえば冬に西瓜を食べたいと言えば食べられる世の中です。
その西瓜はどうやって作られたのか?どこから来たのか?どうして冬に西瓜が食べられるのか?
それを知って食べているのでしょうか?まるでブラックボックスと同じです。
それは本当に豊かな生活だといえるのでしょうか?
いち子は合鴨農法で米を作り、自らその合鴨や沢の岩魚を捌き山菜や森に自生する果実や木の実を採り、調理し、保存します。

「言葉はあてにならないけど私の体が感じたことは信じられる」

自分自身の手を、体を使ってゼロから作物を作り上げていく喜びがそこにはあります。

薪ストーブで焼く自家製パン、麹から作った甘酒にイーストを入れて作った米サワー。手を真っ赤にして作る酸っぱいグミジャム、手作りのウスターソース、ハシバミとココアペーストで作るヌテラ〈チョコペースト〉、ミズとろろ、自家製ホールトマトにアケビのサブジ風、クルミの炊き込みご飯、栗の渋川煮、干し芋、そして圧巻は飼っていた合鴨を自ら解体して料理した合鴨ステーキなど。

次々とテーブルに並べられる旬の料理の数々に、本当の豊かな生活というのはこういうことなのだと思いました。

しかし反対に作物を作るということは実に過酷なことだということもしっかりと描かれています。
作物の成長や収穫は常に天候に左右され、虫や動物と対峙しながら「生」を勝ち取っていかなければなりません。

自分が食べるために作ること、そして生きること。
他の命をいただいて生きるのだという感謝の心。自然の恵みを食べて、いち子は少しずつ生きる力を充電しているように感じます。

「自分の体でさ 実際にやったこととその中で感じたこと。自分の責任で言える事ってそれぐらいだろ?都会では、自分じゃ何もやったことないくせに、知ったつもりになっているような薄っぺらい奴らばっかりだった。」

同じ小森に住む友達のユウ太のセリフが、胸に刺さります。

この映画にはネットやスマホなどは一切出てきません。
都会に暮らしたことのあるいち子は都会の便利さやにぎやかさ、楽しさを知っているはずです。
一人で黙々と農作業を行ういち子、一人でごはんを作って一人でごはんを食べるいち子。
でも不思議といち子が孤独だとは思えないのです。
時々訪ねてくる幼なじみや茶飲み友達のおばさん達。「困ったことがあったら何でも手伝うよ」と言ってくれる優しい郵便屋さん。小さな集落の限られた人間関係の中だからこそ、かえって人と人との温かい繋がりを感じます。
ネットやLINEの中の表面的な繋がりに縋って生きている人間がこの都会にはたくさんいます。
雑踏の中にいても常に孤独を感じてしまう私達にあって、いち子の「ひとり」は決して孤立や孤独ではありません。
いち子の「ひとり」には凛とした潔さがあります。
それは自然の中で生きることに正面からぶつかっていく強さがあるからでしょう。

主演の橋本愛さんはそんないち子の芯の強さと輝きを自然に演じられています。

都会で生まれ育った私には、いち子のような自給自足の生活は、到底できませんが、いち子のように季節を感じ自然の恵みを楽しみながら、ひと手間かけた日々の暮しを丁寧に生きていけたらいいなと思います。

「リトル・フォレスト」は岩手県奥州市にて約1年間にわたってのオールロケを行っているそうです。
今回の「夏・秋編」は夏の始めから山が少し色づく秋の始め頃まででした。東北地方の四季の移ろいを写す美しい映像も併せて次回は「冬・春編」。2月の公開が今から楽しみです。

f0036354_22572675.jpg映画を見終って無印のカフェへいくと「リトル・フォレスト」の公開記念の特別メニューが提供されていました。くるみごはんと手作りウスターソースコロッケ付、トマトサラダ。

この秋は小森の人たちを真似て栗の渋皮煮を作ってみようかな?

by Ricophoo | 2014-09-10 22:41 | 映画

365日のシンプルライフ

懸賞 2014年 09月 07日 懸賞

f0036354_21221038.jpg渋谷ユーロスペースでペトリ・ルーッカイネン脚本監督のドキュメンタリー映画「365日のシンプルライフ」を観てきました。

この映画の監督でもあるヘルシンキで暮らす26歳のペトリは4年前の失恋をきっかけにして
物であふれた自分の部屋に嫌気が差し、全てを倉庫に預けることを思いつきました。
「今自分が持っているものは本当に必要なものなのか?」
自分の持ち物と自分自身の生活をリセットする意味で、すべての持ち物を一旦倉庫に預けて、一日1個ずつ必要なものを持ち帰り、食材以外のものを何も買わないという生活を一年間続けることにします。


初日。雪の降る真夜中ペトリは全裸で倉庫まで走りコートを取ってきます。

二日目は靴、三日目は毛布、四日目はジーンズ、五日目はシャツ…といった具合に。

「最初は何を取り出そうかとワクワクした」とペトリは言います。
ベッドも毛布もない冷たい床にコートだけを身に纏い寒さでなかなか寝付けずにいるペトリの姿に持ち帰る物が一日1個だけという条件は、いくらなんでも厳しすぎるなあと、これから続くであろうペトリの不自由な生活に同情の念さえ抱きました。

しかし、2か月ほどたつとペトリは「何も欲しくなくなった」と言い倉庫から取りに行かない日々が続きます。
まだまだ快適な生活と言えないはずの持ち物の量ですが、コートは全部のボタンを留めて包まれば寝袋の代りになるし、食材は窓の外に出していれば腐らず冷蔵庫の代りになる…。
少しくらい生活に不自由さを感じても物がないすっきりした暮らしのほうが精神的な開放感につながるのかも知れません。

「日々の生活で本当に必要なものは100個くらい。あとは生活を楽しむためのものだった」
多くの物に囲まれていた生活を見直すための荒療治のような実験から、物に対する葛藤や、自分の周りでいろいろ手助けをしてくれる家族や友人、そんな人々との触れ合いのなかでペトリは自分の人生にとって本当に必要な物は何か?本当に大切な物は何か?を発見していきます。

「持っている物の多さで幸せは計れないのよ。人生は物でできていないの」

ペトリのおばあさんが言った言葉が胸を打ちました。

生まれた時から情報や物が溢れ満たされてきた私達は確かに、物を消費することで自分を表現してきた時代がありました。
物で満たされていること、便利なことが必ずしも幸せに繋がるとは思いません。

物がなくてもどうにか工夫して、それに代わる何かで何とかなっていくものです。
確かに生活を楽しみ生活に潤いをもたらすための(くだらない)ものも人間にとっては必要だと思いますが。

物に代わる何かを見つけるために
ペトリのように極端な試みはできませんが、足るを知るということを常に心がけ「これは自分にとって本当に必要なものなのか?」と自分自身に問い直しながら自分なりのシンプルライフを実践していこうと考えています。

by Ricophoo | 2014-09-07 21:15 | 映画

はに丸ジャーナル

懸賞 2014年 09月 03日 懸賞

f0036354_2301537.jpg8月31日 NHKの特番「はに丸ジャーナル」の再放送を見ました。
「はに丸」とは今からおよそ25年くらい前に放送されていたNHK教育テレビ「おーい、はに丸」に出てくる はにわのキャラクターです。
「おーいはに丸」は、はにわの王子・はに丸とお供の馬・ひんべえが、子どもたちと一緒に言葉を学ぶという内容だったそうです。(1983年4月~1989年3月放送)

世代的に私は「はに丸」のことをよく知りませんが
現在40歳前後の方達にはかなりなじみのあるキャラクターのようで、復活に際しては放送前からずいぶんネットの間では話題になっていたようです。

彼が表舞台から姿を消して四半世紀、満を持して復活をしたのが8月13日に放送されたNHKの特番「はに丸ジャーナル」でした。
25年もの間NHKの倉庫で寝かされていたという「はに丸」。
眠っている間に当時のお友達は、いつの間にかすっかり大人になっています。
彼らを取り巻くのは、経済の低迷や少子高齢化、情報化社会…
「はに丸」にとっては、わからないことだらけの現実です。かねてよりわからないことがあると「はにゃ?」と言って徹底的に質問をしてきた はに丸が平成の世にジャーナリストとして帰ってきました! 数々の疑問に、はにわならではの視点で斬り込みます。

コーナーは3つ。はに丸が時事問題の現場をリポートする「はにスクープ」。

今から25年前にはもちろん携帯電話などなく、肩からぶら下げる重たいショルダーフォンが話題になっていたほどです。車の中から街ゆく人たちを観察した はに丸は生まれて初めて「スマートフォン」を見て一旦は「味付け海苔」と勘違いしますが、現代人のスマートフォンへの依存度の高さを知り、お友達が機械に縛られている!?」と心配します。

そして訪ねたのが世界的IT企業「Google」。急速に広まったあの“キカイ”の魔力を探るべく「Google」」へ突撃取材を敢行します。

限りない可能性を含んだ「Google」から紡ぎだされる世界に はに丸もびっくりします。
しかし、ここで大人しく納得しないのが、はに丸です。便利な世の中をさらに便利にしようとする現代社会へ痛烈な一言。
対応に当たった「Google」の担当者へ
「もう結構便利だと思うんだけど、どうしてこれ以上便利にしようとするの?」
と鋭いツッコミ。
天下の「Google」の開発担当者が「あわわ、あわわ」とうろたえて、とうとうVTRを中断して仕切りなおす場面は、なんだかとっても胸のすく思いがしました。

時の人にズバッとインタビュー「はにトーク」。
著書「聞く力」がベストセラーになった阿川佐和子さんを迎えてのトークバトル。

阿川さんから「好きな食べ物は?」と聞かれ
「砂肝です。塩でわさびを付けるのが好きです」とふなっしー顔負けのフリートークが炸裂。

そのほか世界のニュースを紹介する「はにワールド」など見どころが満載の30分でした。

はに丸は5、6歳児の設定。大人たちが発する子供だまし的な表面的な答えには「はにゃ?」と受け流し、聞きにくいことには遠慮のないもの言いで核心を突いてくるところが 何とも小気味良い。

今回限りの特番ではもったいない!レギュラー番組への昇格を熱望します。

「はにスクープ」の最後に はに丸が呟いた言葉がとても印象的でした。

「便利な事が人間にとって本当に幸せな事なのかなあ?」

番組を見終って数日経った今でも頭の中で鳴り響いています。
スマートフォンや仮想現実の世界が生み出す弊害が問題となっている昨今
はに丸の言葉は、 私達が便利さとして得たものの代りに無くしたものの大きさを教えてくれたような気がします。

by Ricophoo | 2014-09-03 23:06 | かわいい