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オレンジと太陽

懸賞 2012年 05月 18日 懸賞

オレンジと太陽_f0036354_136165.jpg神保町の岩波ホールでジム・ローチ監督作品
太陽とオレンジ」を観て来ました。
ローチという名前を聞いたらおやっ?と思われる方もいらっしゃると思います。
そう、ジム・ローチ監督は、あの社会派映画監督 ケン・ローチ監督の息子さんなのだそうです。
かえるの子はかえる。二代目もまた人間の尊厳を深く掘り下げて描いていく腕のいい社会派監督のようです。

 


「太陽とオレンジ」は、マーガレット・ハンフリーズのノンフィクション小説『からのゆりかご 大英帝国の迷い子たち』をもとに英国の歴史の暗部、「強制児童移民」の実態を描いた作品です。

映画を見ながら、信じられない思い、そして強い怒りと悲しみで、
あふれる涙を抑えることができませんでした。

イギリス政府は19世紀からなんと1970年代に至るまでの間、
13万人にものぼる、施設に預けられた3歳から15歳までの子供達を「児童移民」として
オーストラリアに送り続けていたのです。

「移民」と言うのは名ばかりで、幼い子供達を里子として迎え入れるわけではなく、
太陽を浴びオレンジも食べ放題だと嘘をついて連れてこられた子供達は、
劣悪な生活環境のなかで、強制労働に従事させられていたのです。 

過酷な強制労働はもとより、しつけや教育という名目のもとに、
いじめや暴力、挙句に残酷極まるような性的虐待も横行していたといいます。
人権蹂躙とはまさにこのことです。

児童移民は英国と豪州双方の政府ぐるみで行われ、
しかもカトリック教会や、慈善団体が深く関わってたというから信じられません。 

この事実は、かつて児童移民だった一人の女性からの
「自分はだれなのか知りたい」という訴えをきっかけに、ソーシャルワーカーとして働く
マーガレット・ハンフリーズ女史の熱意と行動力により、次第に白日のもとに晒されていきます。

たった一人の女性の力で真相究明を行い、最終的に、この児童移民については、オーストラリア政府が2009年、次いで英国政府も2010年にその事実を認め、公式に謝罪するに至りました。

主演は「奇跡の海」、最近では「戦火の馬」のエミリー・ワトソン。
控えめな演技で芯の通った凛とした主人公を演じています。 

時は1986年の英国ノッティンガム―。 
ソーシャルワーカーのエミリーが泣き叫ぶ母親から赤ん坊を保護する場面から始まります。
警察や裁判所と連携し、育児や養育能力(例えば児童虐待等)がない親から一時的に子供を引き離す仕事がエミリーの仕事です。 

そんなある日、エミリーの元にオーストラリアから来たという一人の女性が助力を請いに訪れます。
 「自分は誰なのか調べて欲しい」と。

彼女はわずか四歳の時に他の子供達と共に船でオーストラリアに送られたのだと言います。
子供が一人で移民すれば必ず記録が残る筈ですが記録がなかなか見つからない。
エミリーは政府の記録保管所まで足を伸ばします。 
これを機に、児童移民の事実を知ったエミリーはオーストラリアに渡り
本格的に調査をはじめることになります。

オーストラリアではエミリーの元に我も我もと調査依頼が押し寄せてきます。

人権を踏みにじられた人々は、忘れてしまいたいほどおぞましい過去と
私達の想像を超えるような激しい怒りを胸に秘めていると思います。
しかし彼らは、母に会いたい思い。そして自分は一体誰なのか?アイデンティティだけを求め、エミリーを訪ねてきます。

エミリーはそんな心に傷を負った一人一人の心に寄り添い、丁寧に聞き取り調査を行っていきます。

オーストラリアでの妨害行為に遭い脅迫に脅えながらも、真実を求めて孤軍奮闘するエミリーは、あまりにも悲惨な人々の過去の境遇を聞き、精神的に追い詰められ、とうとう心的外傷後ストレス症を発祥してしまいます。  
しかし、家族の支えもあり、立ち直っていくエミリー。

クライマックスには、児童移民だったレンと共に、遂に虐待の行われていた修道院へ向かいます。 

建物の中には、かつて棄てられた少年達に虐待を重ねたと見られる神父達がいるだけです。

聖職者でありながら人間以下の行為を働いたあまりに残酷な彼らへの怒りは鋭いけれど、
エミリーは面と向かって非難をしません。
軽蔑のまなざしと静かなる無言の圧力でそれらは表現されていました。

それは声高に批判し怒りを爆発させるよりも、決して許されない罪の重さを物語っていました。

政府が謝罪を行ったからといって
孤児達の失った日々は戻らず、全てが正される日も永遠に来ることはないでしょう。

レンはエミリーに言います。
「8歳を最後に俺は泣き方を忘れた。あんたは違う。俺達の涙を感じ取ってくれる。俺達のために闘っている俺達の味方だ。自分達の為に闘ってくれる人が欲しかった。あんたがいてくれる。俺がもらった最高の贈り物だ」と。 
エンディングロールには、その後も調査が継続されていることが字幕で紹介されます。

映画を見ることで、自分の知らない土地のこと、自分の知らない歴史のこと、宗教、正治、経済…本当に様々なことを学べます。
この映画を見なければ、もしかしたら、私はこの児童移民の事実を知らないで
一生終わっていたかもしれません。

激しいアクションや残忍なシーンがあるわけではありませんが、
私にとって「太陽とオレンジ」は実にショッキングな映画でした。

見終わった後、静かだけれど深い悲しみと憤りでしばらく立ち上がることができませんでした。

映画と言う手段を使い、ジム・ローチは多くの人たちに知ってほしいこと、また人間として知らなければならないことを静かに語りかけてくれます。

by Ricophoo | 2012-05-18 01:17 | 映画

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