つい先日、ニュース番組の特集で知的障害者のワイン農場のことが紹介されていました。そこで作られるワインは、世界的なワインの品評会等で、障害者への同情などではなく、そのクオリティの高さで人々から広く絶賛され、サミットの晩餐会のワインにも選ばれ、その味を高く評価されています。そこで働く知的障害者の皆さんは、一人ひとりが誇りを持って働いています。自分に出来ることをコツコツとこなし、楽しみながら生き生きと働き、暮らしている様子が印象的でした。
司会の古館伊知郎さんは番組のなかの感想で「みなさん、生きる喜びとは何でしょう?」と問いかけました。
そして「それは人から認められ、自分の居場所を見つけられた時ではないでしょうか?」とコメントされていました。
人生に目的を見つけ、人から認められ、自分の立ち位置や居場所を見つけた人間は世界中にどのくらいいるのでしょうか?多くの人間は、目的も見つけられず彷徨い、人から認められず苦しみ、自分の居場所を求め、探しながら、常にもがき続けています。
人生は、自分の居場所を見つけるための遥かな旅のような気がします。
その居場所を見つけ、そこで人生の幕を閉じられたら、それがどんな形であっても、自身にとっては本望。何より幸せな一生だったと思えることでしょう。
先日、渋谷シネマライズで、ダーレン・アロノフスキー監督、ミッキー・ローク主演の
「レスラー」を観てきました。
80年代のハリウッドを代表するスター、ミッキー・ローク。
スピルバーグ監督の「1941」で映画デビューを果たし、その後「白いドレスの女」「ランブルフィッシュ」「イヤー・オブ・ドラゴン」「エンゼルハート」など数々の話題作に出演、82年の「ダイナー」では全米映画批評家協会賞助演男優賞を受賞。そして彼の名を世界中に轟かせたのが、あの「ナインハーフ」です。
当時のセックスシンボル、レディキラーとまで評され世界中の女性ファンの心をわしづかみにした男の色気でミッキー・ロークは、激動の80年代を凌駕していました。
しかし、90年代に入るとその人気も低迷し、副業のプロボクサーとして活動していた時、顔に大きなダメージを受け、追い討ちをかけるように俳優としての活躍の場を失っていきました。
私生活でも2度目の結婚も破綻し、自殺さえ考えたことがあったといいます。
近年のインタビューで「家、妻、金、キャリア、自尊心。全てを失くして暗闇の中に立っていた」と彼自身当時を振り返っています。
80年代に輝かしいスターダムに君臨していたミッキーにとって、その転落の様は痛々しいほどでした。細々と端役などをこなしながら、いつしか時代は、ミッキー・ロークの名前をすっかり忘れかけていました。
しかし、そのミッキーがこの「レスラー」で見事な演技、圧倒的な存在感で、私たちの前に帰ってきてくれました。
全てを失い、俳優人生のどん底から這い上がり、全盛期にも手にしたことの無いアカデミー賞主演男優賞ノミネート、ゴールデングローブ賞受賞、ヴェネチア国際映画祭金獅子賞など様々な賞を受賞し、見事な復活を見せてくれました。文字通り、人生どんでん返し。何が起こるかわかりません。
そんなミッキーが演じるのは、「ザ・ラム」のリングネームで全盛期にはマジソンスクエアガーデンを満員にするほどの人気レスラーだった「ランディ」です。
20年の歳月を経て各地のドサ周りの興行に出ながら、わびしいトレーラーハウスを棲みかに、その家賃さえ払えず、スーパーでアルバイトをしながら、孤独で落ちぶれた生活を送っています。年老いたレスラーにとって、いまさら他の生き方をする術もありません。
プロレス興行は、ドサ周りとは言っても、つまらない試合ではお客さんが入りません。
毎回刺激のある激しい試合をお客さんは望んでいます。
段取りを決めてはいても、パイプ椅子で殴られ流血、工業用ホチキスでの反則ワザ、有刺鉄線を張り巡らせた中での試合、お客さんを興奮させ喜ばせるためには手段を選ばない巡業での試合は、痛々しく観ていて目を背けるほどの激しさです。
興行主から、全盛期の宿敵アヤトッラーとの20年ぶりの夢の再試合の話をもらい、希望も新たに歩き出したそんなある日、過激な試合を行なった後の控え室でランディは、突然心臓発作で倒れてしまいます。
数週間の入院後、医者から「もう一度リングにあがったら命の保証はない」と宣告され、引退を考えるようになります。
ランディには娘が一人いましたが、長年プロレスに没頭しつづけ家庭を顧みなかったせいで、心を通わせるどころか、彼のことを決して許そうとしません。
一旦は病気の事をうちあけ、心を許しかけた娘に、またしても不器用な生き方が原因で決定的な絶縁を下されてしまいます。
ほのかに思いを寄せるストリッパーのキャシディに交際を断られ、スーパーの惣菜売り場では、客や上司にプライドを傷つけられ、もはや今のランディには行く場所も頼る人間もいないことに気がつきます。まさに人生のどん底です。
そして怒りと情けなさの中でランディは決心します。
たとえ命を危険に晒すことになっても、今の自分にはプロレスしかないのだと。
プロレスラーの「ザ・ラム」として生きるしかないのだと。
宿敵アヤトッラーとの20年ぶりの夢の再試合のリング上、試合が進むに従って心臓が悲鳴を上げてきます。
苦しい表情でも、会場中の大声援を受け、ランディの姿は誇り高く、きらきらと輝いています。最も自分が輝き続けることができるリングという、その場所で彼は自分の居場所を見つけ、自分が最期に安らげる場所を手に入れられたのです。
人生の辛酸をいやというほど舐めたミッキー・ローク演じるランディには、圧倒的な迫力がありました。
体を張った演技もさることながら、一番びっくりしたのは、ミッキーが長い歳月の間に背中だけで演技ができる俳優になっていたことです。
80年代には、その艶かしい声や体でセクシーさを売り物にしていた彼に、もう体の張りも色気も美しさもありません。しかし、そんなものを軽く超えてしまうような人生の哀愁や悲しみを表現できる素晴らしい名優になっていました。
ランディの姿とシンクロし、ミッキー・ロークの不器用な生き方が重なります。
いろんな回り道をしましたが、やっとミッキー・ロークは自分の居場所を見つけることができたようです。
エンディングで流れる「
レスラー」
この曲はミッキーの親友である、ブルース・スプリングスティーンがミッキーのために無償で書き下ろした曲だといいます。男気溢れる、まさに名曲。
今年度のアカデミー賞主演男優賞を「MILK」で受賞したショーン・ペンが受賞後のスピーチでこう締め括っています。
「洗練された人物を大統領に選んだこの国を誇りに思います。この国だからこそ、勇気ある芸術家が誕生するのです。すべての候補者に敬意を表しますが、勇気ある芸術家は、その感受性の豊かさゆえに、多くの困難も生み出してしまいます。
そこから再び立ち上がってくれた、ミッキー・ローク!彼は、僕の兄弟です。みんなどうもありがとう」